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暴虐の傷痕

2003年のイラク戦争開戦後、混迷する社会でISの前身組織が生まれた。改称した14年以降、ISは一時イラクやシリアにまたがる広域を支配。殺人や拉致、レイプなど暴虐の限りを尽くし、イスラム教徒からも非難の声が上がった。イラク政府は2017年12月、ISとの戦いに勝利したと宣言した。復興に向けて歩み始めたイラクで、子どもたちに深く刻まれた傷痕を追った。

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暴虐の傷痕

イラク・IS後/5 「姿消した父、帰して」

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スパイ容疑でISに連行され、現在も行方不明の父アイディンさんの帰りを待つきょうだいたち。一番下のムスタファ君(左から2人目)は長男のフィラス君(中央)が父に買ってもらった自転車を受け継いだ=イラク・ニナワ県のファズリヤ村で8月
スパイ容疑でISに連行され、現在も行方不明の父アイディンさんの帰りを待つきょうだいたち。一番下のムスタファ君(左から2人目)は長男のフィラス君(中央)が父に買ってもらった自転車を受け継いだ=イラク・ニナワ県のファズリヤ村で8月

 <2018 世界子ども救援キャンペーン>

 乾いた大地にオリーブ畑が広がる、イラク北部・ニナワ県のモスル北東約20キロのファズリヤ村。でこぼこの路地を子どもたちが自転車で走り回り、商店の軒下で涼むお年寄りが見守る。のどかな時が流れる山裾の村にも、過激派組織「イスラム国」(IS)は深い傷痕を残した。

 「バシカに行ってくる」。2014年8月16日の午後。アイディン・イスマエル・ムハンマドさん(当時29歳)は妻に近くの街の名を伝え、愛車の青い2トントラックで自宅を出た。村や街はISの支配下にあった。一番上の長女イナスさん(12)ら5人きょうだいは父を待ったが、夜になっても戻らなかった。

 日付が変わった頃、本人の携帯から親族に不審な電話があった。「アイディンを逮捕した」。クルド自治政府の治安部隊「ペシュメルガ」をかたる男はクルド語ではなくアラビア語で告げ、二度と電話に出なかった。

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