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特集「里親のカタチ」

10月は里親月間――虐待や親の病気などさまざまな理由で家庭で暮らせない子どもを、養子としてではなく、必要な期間だけ家庭に受け入れる「里親制度」。里親などへの子どもの委託率は約18%で、国際的に低い水準だが、国は2016年の児童福祉法改正に伴い「乳幼児75%以上」「学童期以降50%以上」に引き上げる目標を示した。里親家庭にはどういうものがあり、そこでどのような絆が育まれているのか。里親家庭のさまざまなカタチを取材した。

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特集「里親のカタチ」

赤ちゃんの子育てをもう一度/共働きでも子育て満喫

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リビングの一角は、絵本やおもちゃが並び、男児が遊ぶスペースだ
リビングの一角は、絵本やおもちゃが並び、男児が遊ぶスペースだ

 必要な期間だけ一時的に子どもを家庭に受け入れる里親制度。乳幼児を育てるケースや共働きで育てるケースなど、さまざまな里親家庭のカタチを紹介する。

50代夫妻 1歳男児を受け入れ

 山梨県の主婦、知世さん(56)と夫章介さん(60)=いずれも仮名=は里子の4歳男児を育てている。男児は1歳2カ月の時、乳児院からやって来た。初めて歩いたのは2カ月後の夕方。畳の部屋でむくっと立ちあがると、2、3歩、よたよたと歩いた。「わっ、歩いたよ!」。思わず叫んだ知世さん。「泣きそうなほど感激しました」

 「今は、日を追ってできることが増える時期。その一つ一つの瞬間に立ち会えることがうれしい」と章介さんも話す。

 夫婦は30歳の長男ら実子6人を育てた。男児を迎えて最初の1年半、知世さんはつきっきりで過ごした。ベビーカーで散歩したり、児童館の幼児教室に通ったり。「久しぶりの赤ちゃんがうれしくて」

 保育園に通い始めると、「ババ友」もできた。「預かって育てているんだ」と話すと、深く尋ねられることはないという。男児は最近、料理に夢中だ。知世さんがギョーザの皮を延ばしていると「やりたい」「やりたい」と近寄ってくる。ゆで卵のスライス器を使い、子供用の包丁で野菜を切り、ピーラーで皮もむく。洗濯物を干していても「ばあば、ばあば」と寄ってくる。また、章介さんが出張から帰ると、「じいじ!」と玄関に飛んでくる。

 「実子の時は余裕がなかったけど、この子と遊ぶ時間は長い。こんなにたくさん絵本を読んだり、散歩をしたりするのは初めてです。かわいい」と目を細める。そんな「ばあば」に、男児がぎゅーっとしがみついた。【榊真理子】

   ◇

 男児がいた山梨県の乳児院「ひまわり」には来客用の風呂や個室もある。里親が委託を受ける前に通い、入浴のさせ方や離乳食の作り方、抱き方などを練習するためだ。職員の小田切則雄さん(70)は「里親さんは最初はこわごわ抱っこする。でも、赤ちゃんの肌やにおい、しぐさに表情が和らぎ、引き取るときにはお父さん・お母さんの顔になっているんです」と話す。

下の子が小学生の時に描いた家族の絵。「ながいきしてね」と記してある=東京都品川区で7月
下の子が小学生の時に描いた家族の絵。「ながいきしてね」と記してある=東京都品川区で7月

ママ・パパも一緒に成長

 東京都品川区の広告関連会社経営、由美さん(58)と夫の聡さん(58)=いずれも仮名=は、里子の男子2人を10年以上育てている。聡さんも出版関連の仕事を持つ「共働き里親」だ。

 由美さんは「30代までは仕事で精いっぱい」だった。子育てを考える余裕ができた後も子ができず、「子どもがいない人生もありかな」と思うこともあった。不惑を過ぎるころ、仕事の一部を部下に任せられるようになり「子どもを育てたい」という思いが募った。里親制度を知り、子ども好きの聡さんも詳しく調べてくれた。

 2004年、1歳半の男児(現在15歳)を受け入れた。「最初は、抱かれるのが下手な子でした」。添い寝をしても、哺乳瓶を吸いながら向こうを向いていた。3人で川の字で寝たのがきっかけで、哺乳瓶を外して由美さんに抱っこされて眠るようになった。

 「新米のママとパパだから、かわいくてしようがない。旅先では3人で手をつないだりしてね。幸せを実感しました」

 弟を欲しがったことから、07年に2歳半の男児(同13歳)を迎えた。「下の子は何事にも不安感が強く、半年間は大変でした。飼い猫が近づいただけで、私にすがりついて泣いたりして」

 仕事と子育ての両立は大変な時期もあった。自宅で子どもをあやしながら仕事の電話をしたことも。「そういう時って、子どもは泣くんです。仕方がないので、トイレに携帯電話を持ち込んだりして……。体力勝負でした」

 今となっては良い思い出だ。「育児を経験すると『相手ができるまで待つ』ことなどをいや応なく経験できます。我慢することで自分が広がり、仕事でも生かされます」。子育てのさまざまな場面を思い起こしながら、由美さんは楽しそうに語った。【佐藤浩】

4人のおうち 手形の証し

 東京都内の戸建てのリビングの壁に4人の手形が並ぶ。障害者施設で働く佐野美代さん(53)=仮名=と特殊法人勤務の夫(43)、小学4年の長男(10)、そして里子だっためぐちゃん(当時1歳)=仮名=の手形だ。

 美代さんは43歳で長男を出産。近所に住む夫の両親に助けられて共働きを続けた。長男が2歳を過ぎ、もう1人育てたいと思ったころ、乳児院の子どもたちが職員に連れられて歩く姿を見かけた。「この子たちにも家庭で暮らしてほしい。手助けをしたい」と思うようになった。

 2014年3月、1歳だっためぐちゃんを紹介された。交流を始めると、めぐちゃんの表情は豊かになり、言葉もどんどん増えた。保育所を探し、6月から家庭に迎えた。

 朝、長男とめぐちゃんを別々の保育所に連れて行くと、定時の8時半出社に間に合わない。上司に時短勤務を申請し、快諾してもらった。

 「親が近くにいないとか、一人親で子育てとか、うちより大変な人たちはたくさんいる。共働きでも里親はできます」と美代さんは話す。

 長男はめぐちゃんをかわいがり、「妹なんだ」と友達に紹介していた。だが、一緒の暮らしは長くは続かなかった。実母が引き取るため、4歳になった16年にお別れをした。

 家を出る日、「めぐちゃんがどこに行ってもこの家は4人のおうちです。いつか大きくなって、4人の手があるおうちに行きたいなと思ったら、おいで。分かった?」と伝えると、めぐちゃんは、自分の手形に、少し大きくなった手を重ね、なかなか離さなかった。

 今年4月、乳児院から2歳のれいちゃん=仮名=を迎え、佐野家はまた4人家族になった。リビングには現在の家族の写真。その隣には、七五三の着物を着ためぐちゃんの写真が今も大事に飾られている。【坂根真理】

苦楽ともに「これが家族」

 今年5月に婚姻届を提出した佐藤ルイさん(26)は細淵秀子さん(65)と重信さん(71)に育てられた。

 秀子さんは実子の男子3人の子育てが一段落した時に里親を志した。乳児院で出会った1歳のルイさんは表情が乏しかった。週末ごとに家庭に迎え、寝るときも食事のときも、ルイさんが求めるままにずっと抱っこした。すると、1、2カ月で乳児院の職員が驚くほど笑顔が増えた。

 当時は、共働き家庭への委託が今と違って少なかったため、3歳になってやっと家庭に迎えることができた。重信さんが保育所に送り迎えし、休日は公園をはしごした。保育士だった秀子さんは人形を手作りし、散歩中は常に童謡を口ずさんだ。

 夏休みや正月は宮城県の秀子さんの実家で過ごした。オーストラリアなど海外旅行にもよく行った。3段トリプルのアイスを落としたこと、海でボートに乗っていて怖くなって泣いたこと。たくさんの思い出がある。

 小6のころから実母とも手紙などで交流した。大学時代は自分の居場所がないように感じて悩み、秀子さんに「私の気持ちなんか絶対に分からない!」と反抗したこともある。しかし、どんなにひどい態度をとっても、帰宅すると、「お帰り」と受け入れてごはんを作ってくれた。1人暮らしを始めて恋人とトラブルになった時も、助けてくれたのはこの両親と3人の兄だった。「これが家族なんだな」とふに落ちた。

 成人後、養子縁組で細淵家に入った。新居を構えた今も、「おなかすいた」と言っては実家に帰り、秀子さんの手料理を満喫する。ルイさんから飲み過ぎをたしなめられた重信さんは「お母さんが2人いるみたいだな」とうれしそうに笑った。【榊真理子】


 虐待や親の病気などさまざまな理由で家庭で暮らせない子どもを、養子としてではなく、必要な期間だけ家庭に受け入れる「里親制度」。里親などへの子どもの委託率は約18%で、国際的に低い水準だが、国は2016年の児童福祉法改正に伴い「乳幼児75%以上」「学童期以降50%以上」に引き上げる目標を示した。里親家庭にはどういうものがあり、そこでどのような絆が育まれているのか。里親家庭のさまざまなカタチを取材した。


さまざまなイベント開催

 毎年10月の里親月間やその前後には、各都道府県やさまざまな自治体、里親支援団体などが里親制度を集中的にPRする。フォーラムや講演会、トークショー、パネル展、個別相談会など。里親の体験談や里親家庭の雰囲気に接する機会も多い。各地の主な関連行事は厚生労働省のホームページで

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