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ここであった戦争

陸軍大正飛行場の掩体壕(八尾市) 空中待避、無傷の帰還 /大阪

八尾市垣内に残る掩体壕=2018年8月14日、梅田麻衣子撮影

 陸軍大正飛行場(八尾市、現八尾空港)を前回、取り上げた。「戦時中、飛行場に動員され、掩体壕(えんたいごう)を造った」と、当時旧制天王寺中学生だった手塚吉郎さん(88)=大阪市東住吉区=から連絡をいただいた。戦争末期の飛行場の様子や「戦時色一色」という当時の学校生活を聞いた。

 掩体壕は、空襲から飛行機を守るために、土塁で囲ったり、コンクリートや木材でドーム状に造られたりした格納庫。郷土史研究グループ「河内の戦争遺跡を語る会」代表で、「日常の中の戦争遺跡」(アットワークス)の著者、大西進さん(77)によると、大正飛行場には19基、場外には20基以上の掩体壕があった。戦況が悪化した1944年ごろから造られたらしい。

 手塚さんは43年4月に天王寺中学校に入学。2年生のときに2回、飛行場に動員され、学校から歩いて行った。作業中、警報が鳴ることもあった。飛行機がどんどん飛び立つ。「2式戦闘機『鍾馗(しょうき)』が多かった。1式の『隼(はやぶさ)』や2式で双発の『屠龍(とりゅう)』もあった」と、よく覚えている。1時間半ほど後、無傷で帰って来た。「さすが」。敵を迎え撃ったと思っていた。だが、兵隊が教えてくれた。「あれ…

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