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カネミ油症50年

苦しみ今も 2人の子死産の被害者語る

半世紀を経ても忘れられない死産の悲しみや患者救済策の拡充を訴える蔵元義人さん=北九州市小倉北区で2018年9月19日、青木絵美撮影

 国内最大の食品公害「カネミ油症」の被害が発覚して今月で50年を迎える。北九州市小倉南区の蔵元義人さん(78)は半世紀前、ポリ塩化ビフェニール(PCB)が混入した米ぬか油を使った料理を家族で食べてカネミ油症を発症、待望の我が子は2人続けて死産だった。蔵元さんは6日に福岡市内である集いで、忘れることのできない油症被害の苦しみを語る。

 1968年の春、両親と身重の妻、弟との5人暮らしの蔵元さん一家に異変が表れた。全員の体中に吹き出物ができ、大量の目やにがあふれ出た。原因が分からないまま10月になり、ある新聞記事が目に飛び込んできた。

 「正体不明の奇病が続出」。記事には被害者の体中に吹き出物ができ、米ぬか油を食べた共通項があると書かれていた。慌てて自宅の流し台の扉を開けると「カネミライスオイル」のラベルが貼られた米ぬか油の容器があった。近所の米穀店から「健康に良い」と勧められ、揚げ物料理などで使った油だった。

 同月下旬、妻はお産に臨んだ。結婚2年目にして待望の赤ちゃんだったが、産まれた子供の心音は停止し皮膚は黒褐色。胎盤を通じてPCBにさらされた、いわゆる「黒い赤ちゃん」だった。その後の検診で一家5人は油症患者と認定された。

 ショックと悲しみが癒えない中、九州大などでつくる油症治療研究班の関係者の求めに応じ「油症の真相を突き止めてほしい」と我が子を病理解剖に託した。そして、蔵元さん夫婦が7年後に授かった第2子も死産だった。

 69年、加害企業のカネミ倉庫やPCB製造元の鐘淵化学工業(現カネカ)などを相手取った損害賠償訴訟の原告団に加わると、被告企業の本社前などに足を運んで抗議活動に参加。被害の実態を知ってもらうため配布するチラシに亡くなった我が子の写真を載せたこともある。しかし、チラシを受け取る人がいる一方、その場で捨てられたり踏まれたりすることも。妻は「耐えられない」と泣いた。

 その後、仕事の都合で表立った活動から離れたが、患者の高齢化が進む中で約3年前から患者団体の輪に戻って残された課題の解決に取り組む。油症被害の発覚から半世紀を経ても治療法が確立されず、未認定患者も残る現状に蔵元さんは「苦しみはなくなっていない。安心して食べ物を口にできる世の中へ、油症の教訓が礎石になってほしい」と語る。

 6日の集いは午後1時半~4時半、福岡市中央区舞鶴2の市健康づくりサポートセンター10階講堂。第1部でカネミ油症について研究者と弁護士が報告。第2部で蔵元さんら被害者が語る。参加費500円。カネミ油症事件50年企画実行委員会の三苫哲也さん(090・6890・3996)。【青木絵美】

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