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北海道地震

1カ月 厚真に感謝、再起誓う 地域おこしで定住、養鶏業の男性

鶏舎で生き残った鶏を見つめる小林廉さん=北海道厚真町幌里地区で2018年10月5日、北山夏帆撮影

 北海道胆振地方を震源とする地震で大きな被害を受けた厚真町幌里地区で、養鶏業を営んでいた若い農家が再起を図ろうとしている。放し飼いで育てる卵を販売している札幌市出身の小林廉さん(35)。地震では自宅が潰れ、飼っていた約1500羽の鶏の大半を失った。「よそ者だった私を就農させてくれたのが厚真町。ここで諦めるわけにはいかない」。年内の再開を目指して町内を奔走している。【北山夏帆】

     山々が黄色く色付き始める中、自宅は土砂に押し潰され、1階部分が沈みかけていた。近くの鶏舎では、逃げ惑って圧死したり餓死したりした鶏の死骸が横たわり、生き残った鶏の鳴き声が悲しい。町中心部から農園への道は土砂で覆われたままで、5日に避難所から自宅を見に行った小林さんはつぶやいた。「残った鶏たちを連れ出す方法もない。こんなに元気なのに」

     小林さんはこの1カ月、避難所で暮らしながら、新たな農園の候補地を探し回った。心が折れそうになり養鶏をやめることも考えた。だが、同じく被災した町民から「大変だったな」と励まされ、「農園の再建が、私がこの町のためにできることだ」と再挑戦を決めた。

     あの日午前3時過ぎ、自宅2階で就寝中に揺れに襲われた。「ドーン」という音とともに家は傾き、妻の路子さん(35)と窓から飛び降りた。隣家まで約1キロ。土砂に膝まで埋まりながら2時間歩いた。

     小林さんは20代のころ、札幌の繁華街でバーを開いた後、東南アジアを放浪。帰国後、親類が経営する養鶏業を手伝いながら「好きなことを仕事にしたい」と起業を志した。厚真町が募集する「地域おこし協力隊」を知り、2011年に応募。第1期生として基礎から農業を学び、13年から「小林農園」を始めた。

     「鶏の鳴き声で近所に迷惑を掛けたくない」。そんな思いから人里離れた町の奥地に土地を借り、鶏舎を建てた。200羽から始めた事業は、鶏を草地で「平飼い」し、抗生物質も使わない。こだわりの卵は地元の飲食店も使ってくれた。今年は少しずつ1500羽まで増やし、事業を広げたばかりだった。

     「現実から逃げることは、支えてくださった方の思いからも目をそらすことになる」。9月24日に決意表明をした会員制交流サイト「フェイスブック」にはこれまで3120件以上の「いいね」がついた。「また小林農園の卵が食べたい」。メッセージの一つ一つが心の支えになっている。

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