クローズアップ研究室

30年かけて培った技術が結実 東海大学理学部化学科 准教授
冨田 恒之

2014年2月17日掲出

未来のがん治療を支える新たな無機化合物を開発

 体内の細胞が悪性腫瘍となることが原因で生じるがん。日本人の3人に1人がかかり、死因の中でも最も多いといわれています。さまざまな角度から研究されていますが、まだ治療法が確立されていないものも多い。理学部化学科の冨田恒之講師の研究グループでは、新しい治療法として注目を集めている「ホウ素中性子捕捉療法」を研究。このほど、治療の要となる新たな無機化合物の合成に成功し、現在は実用化に向けてさらに機能を高める研究に取り組んでいます。

 ホウ素中性子捕捉療法は、ホウ素と中性子の反応を利用してがん細胞だけを攻撃し、健康な細胞にダメージを与えない新しいがん治療法で、現在実用化に向けた臨床実験が重ねられています。血管などを通じてがん細胞にホウ素化合物を集積させたところに、放射線の一種である中性子線を照射。すると、ホウ素が集まっているところの細胞だけを破壊するエネルギーを持つアルファ線やリチウム核が発生し、がん細胞を壊します。

 冨田講師は、「中性子線は通常、人体にはほとんど影響しません。この手法が実用化できれば、人体への影響を最小限に抑えつつ病根を断つことができるようになると期待されています」と話します。治療の効果を高めるためには、高濃度のホウ素を含んだホウ素薬剤をがん細胞に集める必要がありますが、これまでは濃度の高い化合物を作る手法が確立されていませんでした。

 

高濃度のホウ素化合物が患部の細胞を狙い撃つ

 その課題を乗り越える新たな物質として生み出されたのが、冨田講師の研究グループが合成に成功した無機化合物「ホウ酸イットリウム」。50から100ナノメートルの微粒子ながら、20%以上と従来より格段に高い割合でホウ素を含むのが特徴です。「ホウ素の含有量が高ければ、その分だけ少量の投与で高い効果を挙げられる。サイズを同一にする実験やさまざまな機能性を持たせる合成技術の開発も進めています」

 これまでの研究で、ホウ酸イットリウムに光を当てると発光する金属や、磁気共鳴断層撮影装置(MRI)の造影剤の役割を持つ金属を添加することにも成功。投与した化合物が、がん細胞に集まっている様子を体外から確認できるようにすることで、治療効果を高める研究も進んでいます。

 

長年にわたる基礎研究が新たな分野の扉を開く

 冨田講師は、「これまで難しかった無機化合物の合成が可能になった背景には、東海大で長年研究されてきた均一沈殿法という合成技術がある」と話します。無機化合物を作る場合、あらかじめ混ぜ合わせた原材料を高温で焼く手法が一般的に用いられています。だがこの方法だと、化合物の形や大きさがそろいにくく、材料の混ざり方によって化合物の質にムラが生じやすい欠点がありました。

 均一沈殿法はこの課題を解決する手法として、冨田講師の師匠にあたる松田恵三元教授(理学部)らが30年ほど前から研究。現在では、化学反応をコントロールする沈殿剤と原材料を水溶液に入れて反応させることで、さまざまな機能を持った無機化合物を生み出せるまでになっています。「この手法だと、性質や形、大きさのそろった化合物を作ることもできる。100度以下という低温で化学反応が起きるうえに、水という豊富にある物質を使うためコストが安く、環境負荷も少ないのが特徴です」

 冨田講師は現在、この手法を応用して太陽電池パネルなどに使う酸化チタン化合物や、弱いエネルギーの光で輝く蛍光体の研究にも取り組んでいます。「新しい化合物が生み出せれば、新技術の開発にもつながります。まだまだ越えるべき壁は多いけれど、少しずつでも社会に貢献したい」


focus

無駄な努力なんてない 目標に向けて一歩を踏み出そう

 大学の研究者を志したのは大学3年生のころ。「化学科で無機化学を研究されていた松田恵三先生と藤田一美先生(理学部元教授)の姿を見て、テーマを自分で決めて研究できることにやりがいを感じた」と話します。だが、研究者の道は狭き門。数十年かけても果たされないことも多い。「決して楽ではない目標を目指すことに怖さもあった。でも、仮になれなくても、そのために費やした努力は無駄にならないと思ったんです。実際、困難にぶつかったときに悩みすぎて、考えるのが嫌になったことも(笑)。そんなときには、どうすれば目標に向かっていけるかだけを考えるようにしてきました」

 

 夢がかなったのは28歳のときでした。母校に採用され、研究室を持つ立場に。恩師から受けた恩に応えるためにも、学生と一緒に新しいことに挑戦し、自分の持てる知識や技術はすべて伝えていこうと心に決めました。「どんなことでも熱意を持って楽しむようにすれば、結果も積み重なり、よい循環が生まれてくる。私の場合は、熱意を持てるのが研究だったんだと思う」とも話します。

 

 「どんな人にも必ず優れているところがあるもの。目標を見つけるには、自分自身とじっくり向き合う時間を持つことも大切です。広い視野でしっかり見極め、目標に向かって一歩を踏み出してほしい。その先に道は開けるはずです」


(記事提供:「東海大学新聞」2013年12月1日号)

東海大学理学部化学科 准教授 冨田 恒之 (とみた こうじ)

東海大学理学部化学科卒業。 東京工業大学大学院総合理学研究科材料物理科学専攻修士課程および博士課程修了。 博士(理学)。 東北大学多元物質科学研究所助手、東海大学理学部助手、助教、講師を経て、2016年 度より現職。 2012年8月から2014年7月に文部科学省研究振興局学術調査官を兼務。 2016年度より物質・デバイス領域共同研究拠点COREラボ共同研究の研究代表者。 2017年度より東海大学総研プロジェクト研究“「人と街と太陽が調和する」創・送エ ネルギーシステムの開発”の研究代表者。