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アメリカ人の定義は何か?

これまで出会った数百人の「不法滞在者」の物語は、細部は違えど自分と同じように「うそをつき、通り抜け、隠れる」ことだったとホセは話しました=ロサンゼルスで2018年9月25日、石山絵歩撮影

 私は、8月末からフルブライト奨学金のジャーナリストプログラムで南カリフォルニア大学に留学しています。ここでは研究に関連したリポートをしていきます。

     「で、どんな研究?」と聞かれて端的に答えられないのが悩みの一つですが、育児や介護、家事を家族以外の人が担うことによって生み出されるあらゆる可能性と課題を探っています。アメリカではこの担い手が多くの場合移民なので、キーワードは、移民、家事、育児、介護、高齢化社会、ケアサービス、女性、未来の働き方といったところでしょうか。

     大学に「客員研究員」枠で在籍しているため、時に「ドクター」と呼びかけられて困惑しています。でも私は記者です。ここでは記者らしく、誰かの声から始まるリポートにしたいと思います。

     初回は、ピューリッツァー賞受賞経験のあるジャーナリスト、ホセ・アントニオ・ヴァーガスさん(37)です。ホセは12歳でフィリピンからアメリカに入国しましたが、16歳で自身が「Undocumented(不法滞在者)」であることを知りました。

     アメリカへの入国は、先に入国していた祖父母が、母子家庭で貧しい暮らしを強いられていたホセに良い暮らしをさせるために計画したものでした。ホセは、不法滞在者であることを知った後もそのことを秘して生活していましたが、2011年に不法滞在者であることを告白。今年9月に「Dear America, Notes of an Undocumented Citizen」を上梓し、全米各地で講演をしています。そんな彼のストーリーです。

     敬愛の意味を込めて、記事の中では「ホセ」と記すことにします。

    「私はフィリピン人で、ゲイ。正式な書類がないアメリカ市民で、ジャーナリスト」

     「私はフィリピン人で、ゲイ。正式な書類はないけど、アメリカ社会に貢献する市民で、ジャーナリスト」。

     自分は何者であると思うかとホセに尋ねると、明確な答えが返ってきました。

     ホセは1993年、12歳の時にフィリピンからアメリカに入国。16歳の時、車の免許を取ろうとした際に免許発行当局の事務員から自分の入国ビザが偽物であることを知らされました。

     アメリカへの「移住」は、先に移住していた母方の祖父母が、フィリピンで貧しい暮らしをしていたホセに良い暮らしをさせたいと計画したものでした。しかし入国書類は不正に作成されたもので、アメリカ行きの飛行機に一緒に乗った「叔父」は、実は密入国エージェントの人でした。

     祖父母は、ホセの入国後にホセのお母さんを入国させる計画でしたが、実現しませんでした。祖父母はホセを不法に入国させましたが、ホセがいつかアメリカ市民権のある女性と結婚をすれば違法ではなくなると考え、そのときをただ待てばいいと考えていたようです。しかしホセはその選択を拒みました。「私はゲイ。自分自身にうそはつきたくなかった」。

     不法滞在が発覚すれば、合法に国から出ることがきず、ホセが「ホーム」と感じているアメリカに二度と入国できなくなる可能性があります。不法滞在者であることを知ってからホセは、「アメリカ人らしい自分」を演じはじめました。アメリカ人らしく話し、アメリカ人らしく考える。本や映画で「アメリカ人らしさ」を研究し尽くしました。

     「偽物の書類で入国したことを私は知らなかったし、まだ子どもで自分の人生を決められる立場になかった。どうしようもできないことの中でどうにか生きるには、演じるしかないと思った」といいます。

    取材して書くときだけ、自分が確かな存在だと思えた

     ホセはジャーナリストの道に進むことを決め、地方紙のインターンからキャリアをスタートしました。結果として、この仕事はホセのアイデンティティになりました。「書くことで、自分が社会に所属し、貢献していると思えた。国境や法的な立場にとらわれず、書いている時だけは、自分は自由で、確かな場所にいると思えた。自分の人生にうそはある。でも記事には絶対にうそを書かなかったから」と胸を張ります。

     しかし、この選択はホセ自らが法を犯さざるをえない状況を作りました。仕事の応募のためには、虚偽申告が罰せられる書類にうそを書かなければならなかったからです。

    うそをつき、すり抜けて、隠れて……

    ホセの講演にはたくさんの人が集まり、本へのサインや記念撮影を求める人が列を作っています=ロサンゼルスで2018年9月25日、石山絵歩撮影

     今回上梓された本は「lying(うそをついて)」「Passing(すり抜けて)」「Hiding(隠れて)」の3章で構成されています。まさに彼の人生がうそをつき、すり抜け、隠し、隠れ続けるものだったからです。そうすることでしか、自身のジャーナリストとしての夢や未来は前に進まなかったからです。

     ホセは、2007年に発生した米・バージニア工科大学の銃乱射事件の一連の報道で、重要な目撃者の証言を取り、ワシントンポスト紙のメンバーの一員としてピューリッツァー賞を受賞しています。その功績もうそをつき続けなければたどり着けませんでした。またホセを見込んだ上司がバグダッド特派員にならないか話しかけてきた際に「海外で育ったのでアメリカをもっと知りたい」と言って断ったことも皮肉なうそでした。

     しかし、そんな自分と向き合う時がきました。ホセは10年ごろから、子供時代に親に連れられて米国に不法入国した移民の強制送還の免除を求める若者の活動をネットメディアでフォローしはじめました。

     「私たちに正式な書類はない、でも恐れてない、おずおずなんてしない」。ホセは活動のスローガンや、メンバーの行動に心を動かされました。「どうしたらあんな風に強くいられるんだろう。逆に自分は何をそんなに恐れている?」

     プロのジャーナリストとして、自分の仕事は何かを書くことで、自分自身が書く対象になることはあり得ないと考えてきました。しかし何かを書く前に、自分自身に向き合わないといけないと考えたといいます。

     11年に雑誌のエッセイで不法滞在者であることを告白後、ホセは「アメリカでもっとも有名な不法滞在者」になりました。ネットではホセを拘留すべきだという声や誹謗中傷があふれ、実際に14年には不法滞在であることで逮捕されました。後に釈放されましたが、強制退去手続きを開始するための裁判がいつ開かれてもおかしくありません。

    物語を集めて

     そのような中でホセは現在NPO団体「Define American」の代表として、様々な移民の物語をドキュメンタリーなどにして配信し続けています。そうすることで、ニュースやエンターテイメントの中で描かれてきた「移民」「不法滞在者」のイメージを変えたいと考えています。「『移民は、社会に貢献せずに国の社会保障などを食いつぶすだけだ』といった誤った考えや文化自体を変えなければ政治や政策は変わらない」「ジャーナリストとして人の声、物語を集めることを大事にしたい」。

    親愛なるアメリカへ……誰が「アメリカ人」か?

     「不法滞在状態であることは、心理的なホームレスであることだ」とホセは指摘します。トランプ政権発足以降「移民」に関する議論は急速に高まり、政府は永住権の発行について、英語能力、職業技能など「能力」を基に選定する「メリットベース」という基準を採用する方針を打ち出すなどしています。ただ「アメリカ人らしさ」を追求して生きてきたホセには疑問があります。「アメリカ人の定義は何か?」「ジャーナリストとして働き、税金を払い、私は社会に貢献してきた。1100万人いるとされる不法滞在者もみな同じ。何がアメリカの『メリット』になるのか?何をすれば、アメリカ人になるのか」。

     アメリカは中間選挙を目前にしていますが、ホセには選挙権がありません。「今アメリカは、不法入国かどうかにかかわらず、アンチ移民の時代にあると思う。その一方で、人は移動し、新たな地で結婚したり生活をつくりあげたりすることができる時代でもある。だからこそ今、アメリカ国内にいるすべての人に『アメリカ人の定義は何か?』という議論を呼びかけたい」。

     『Dear America』というタイトルにはそんな思いが込められています。【石山絵歩】

    石山絵歩

    1984年、東京都生まれ。上智大卒業後、2008年に毎日新聞社入社。岐阜・愛知県警、東京地検担当を経て、東京地・高裁で刑事裁判を担当。事件取材の傍らで、経済連携協定(EPA)によって来日したフィリピン・インドネシアからの看護師、介護士候補生などの取材を続ける。2018年8月よりフルブライト奨学金ジャーナリストプログラムでUSCにて研究中。

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