連載

昭和史のかたち

昭和史研究で知られるノンフィクション作家の保阪正康さんの長期連載。「昭和」という時代をさまざまな角度からひもときます。毎月1回更新。

連載一覧

昭和史のかたち

災害史観から見る北海道地震=保阪正康

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷

非常時を分かつ情報流通

 私は平成という時代を確認する折に、しばしば災害史観という語を用いる。災害によって起こる社会現象や人々の心理上の変化が歴史的にどのような形をとるのか、そのことを検証しようというのが狙いである。私の見立てでは、大正12(1923)年の関東大震災を例にとるとわかりやすい。

 この大震災では多くの現象や事象が起こったが、あえて2点に絞れば、第一は自然災害による虚無感である。このことは田山花袋や佐藤春夫などのエッセーでもわかる。大正末期から昭和の初めにかけての都市文明の退廃、そして昭和初期の三原山への投身自殺が相次いだ死のブームはこの虚無の故であろう。第二は当時は国自体が情報閉鎖集団だったが、そこに根拠のない噂(うわさ)が投げ込まれると、朝鮮人、中国人虐殺事件といったとんでもない行動を起こすことが裏づけられた。これが日本人の宿痾(しゅくあ)ともいうべき性格なのか、それとも情報閉鎖集団そのものが平然と非人間的行動を起こすのか、が歴史的な課題として残った。

 平成は、阪神大震災、3・11東日本大震災の地震と津波、さらに熊本地震、先月の北海道胆振東部地震と続く中、前述の二つの事象がどのように現れるのかが懸念された。3・11時の多くの犠牲者を知って私たちの心理には慰霊の気持ちが行き渡っている。虚無感に至るのか、は長い時間で見つめることが必要になろう。一方で非人間的な行動はなかった。つまり情報閉鎖集団でなければ日本社会は整然と人間的な行動に終始することが明…

この記事は有料記事です。

残り1371文字(全文2009文字)

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集