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東京へ ともに歩む

毎日新聞
アスリート交差点2020

記憶に残るスイマーへ ホームの大声援、力に=競泳・渡辺一平

 パンパシフィック選手権、ジャカルタ・アジア大会と続いた8月の国際大会は、体調不良で満足のいく練習を積めずに臨むことになり、いつも以上に自分の泳ぎに集中しました。世界記録を持つ男子200メートル平泳ぎはパンパシで金メダルを獲得できましたが、アジア大会は小関也朱篤選手(ミキハウス)に0秒01差で敗れて2位。収穫があった一方で課題も見つかりました。

 東京で開催されたパンパシには米国、オーストラリア、カナダなどの強豪国が集いました。ホームで主要国際大会に出場するのは初めて。大歓声で震えそうになる手を抑えるのに必死でした。この感覚は2016年リオデジャネイロ五輪の同種目準決勝以来でした。この時は早大の先輩、坂井聖人さん(セイコー)が直前に男子200メートルバタフライで銀メダルを獲得し、気持ちが高ぶっていました。

 パンパシのレースはラスト50メートルで大声援の後押しを受け、3番手からトップに立つことができました。優勝を決めた瞬間はとても気持ち良かった。この雰囲気を経験できたことは、20年東京五輪に向け、大きな収穫となりました。

 中6日で始まったアジア大会には練習を十分に積めずに自信を持って臨めず、気持ちの持ち方にも影響しました。体調を崩したのは6月に欧州グランプリから帰国した後です。暑い日が続く中、水分を十分に取らずのどを乾燥させたことが原因でした。

 これまでも2カ月に1度のペースで同様に体調を崩すことが多く、大きな課題だということを痛感しています。2年後も暑い夏がやってきます。体調管理を徹底しないと、自信を持ってレースに臨めないと思い知らされました。

 来春からは、社会人スイマーとして競技を続けます。世界の強豪から「絶対かなわない」と思われるほど、突き抜ける存在になりたい。そのためにも冬場の練習が重要になります。課題のスタートやターンだけではなく、すべてにおいてレベルアップを目指します。来季はコンスタントに2分6秒台で泳ぎ、自分の世界記録を更新したいと、今から気合が入っています。(あすは卓球・伊藤美誠です)(タイトルは自筆)


 Q 3月生まれの苦労

 3月生まれで小学生の頃はパワー負けして勝てませんでしたが、それが今の探求心につながっています。3月生まれで苦労したことはありますか?バドミントン・奥原希望からの質問

 A 生まれた時は4160グラムでしたが、小学生の頃は小柄な方でした。大分県大会の自由形ではずっと3位で、上位2人は4月生まれ。1年後の自分の力で勝負できたらと思っていました。中学2年で4月生まれの同級生に初めて勝って優勝できた時の喜びは、今でも覚えています。「負けたくない」と思い続けてきたことが競技力向上につながりました。


 ■人物略歴

わたなべ・いっぺい

 大分県出身。佐伯鶴城高3年時の2014年ユース五輪男子200メートル平泳ぎで金メダル。同種目で、16年リオデジャネイロ五輪6位、17年1月に2分6秒67の世界記録を樹立した。早大4年。21歳。