- ツイート
- みんなのツイートを見る
- シェア
- ブックマーク
- 保存
- メール
- リンク
- 印刷

今年3月、マリさん(アサヒ精版印刷社長、築山万里子さん)が手掛けた“大作”が出来上がった。ピンホールカメラで撮影した写真集「WIND MANDALA)だ。縦横31センチ、厚さ3センチというサイズや、1冊1万3000円という価格もさることながら、つぎ込んだ手間が半端ないのだが、そこを説明する前に、まずは写真集を楽しみたい。
ピンホールカメラは、私たちが手にするカメラとは全く違う。そもそもレンズがないし、4キロもある重くて大きい箱だ。その箱に針が通るくらいの小さな小さな孔(あな)が開いていて、そこから入る光で被写体の像をフィルムに結ぶ。だから光量が少ないため撮影に時間がかかる--という理屈をいくら説明してもピンとこないと思うので、作品を見よう。
もう30年、ピンホールカメラを担いで、日本だけでなく世界各地を撮影行脚しているアーティストの鈴鹿芳康さん(71)=京都在住=は、こう言う。
「おれが撮ったというより、撮らせていただいた。縁なんだよね」
目の前に見えているものを瞬間で切り取るレンズカメラと違って、ピンホールカメラは時に1時間以上も、目の前の景色を取り込み続ける。画像がボワーンと丸いのは、ピンホール(小さな孔)の形だ。北海道・サロベツで撮った写真<上>は「マイナス20度以下だと思う。吹雪で、波がバシャーンて。太陽が4、5分だけ出た」。この幻想的な写真が、そんな過酷な環境に身を置いて撮られたとは、とても想像できない。
青森・大間での写真<下>は、「光の奇跡」と評する。着いたのが遅くて夕日を見逃したが、暗くなるまで三脚を立てて撮影した。まったく太陽は見えなかったのに、現像すると沈む太陽の光が雲に反射していた。
目の前に見えている景色ではなく、いわば時間の流れをフィルムに焼き付ける。あるいは光、風、雲の流れを……。砂浜でカメラの前を歩いたら、自分の姿は写らずとも、足跡はくっきり残っている。どんなものが撮れるかは、現像するまでわからない。なぜなら、自然がどんな流れを見せるかは予測がつかない。だから“縁”。
「自分にはどうにもならないところで生かされているんなら、任せる。それで死んだらしようがない」。ほんとに3回くらい死にそうになった、と鈴鹿さんは笑う。いつ、どこに行くのか決めるのも、独特の流儀がある。易で使うぜい竹と旧暦の暦で、いい方角を決める。自然、地球、宇宙に自分を委ねているのだ。そんな日本一周の旅はいま、2周目に入っている。
ピンホールカメラ独特の色彩の微妙な変化、グラデーションをどう紙に再現するのか。ここからがマリさんの仕事だ。<文・松井宏員 写真・鈴鹿芳康 デザイン・シマダタモツ>
