メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

クトゥーゾフの窓から

北の島々は(1)日露平和条約の現状を考える プーチン発言のサインは?

安倍晋三首相は10月24日の所信表明演説で、ロシアとの間で平和条約締結を目指す意向を改めて表明した=AP

 「領土問題を解決し、日露平和条約を締結する。日露新時代を切り開いてまいります」(10月24日の所信表明演説)

 安倍晋三首相は北方領土問題(本稿では「平和条約問題」という表記に統一する)の解決に向けた発言を繰り返している。かたやロシアのプーチン大統領は「70年も続けてきた(平和条約問題の)話し合いをこの後も続けるのか」と突き放しているかのようだ。果たして、平和条約問題の現状はどうなっているのだろうか。

 簡潔に言えば、時計の針が20年前に戻った状態。少なくとも、私はそのような印象を強めている。

 1998年は日本国内で対露関係が注目された年だった。この年の4月、当時のエリツィン大統領が5年ぶりに日本を訪れ、橋本龍太郎首相と向き合った。今でも「川奈会談」で通じる静岡県での日露首脳会談で、橋本氏が練り上げた秘策を明かした。北方領土の北端である択捉島とロシア領の南端ウルップ島の間に国境線を引き、国境を画定させる。その代替措置として、当面の間は北方領土でロシアの管轄権を認める内容だった。

 ただしエリツィン氏は提案に乗らなかった。そして、この年の11月にモスクワを訪れた後継の小渕恵三首相に対案を示したのだ。まさに今の日露関係は、この時のロシアの提案を軸に動いているといえよう。

提案の二つの柱

 現在の日露外交当局は、北方領土で共同経済活動を始める狙いで、対象事業や法的な枠組みを話し合っている。これは98年にロシアが出した提案の柱の一つだ。当時の日本政府は共同経済活動の話し合いに臨んだが、肝となる「法的な枠組み」について折り合えず、決裂に終わった。その後もロシアは折につけて、共同経済活動を提案してきた。

 事態が動いたのが2016年だった。ロシアのボールを受け止めた安倍政権は、対露交渉を進めることを最優先課題に据えた。共同経済活動の話し合いに乗る決意をして、現在に至る。

 ロシアが出した「98年提案」の二つ目の柱は、2段階の解決法である。まず日露間で善隣条約を結んでから、国境画定交渉に臨むアプローチだ。しかし、このアプローチは日本国内で「中間条約」や「棚上げ論」というレッテルを貼られて、今に至るまで支持を得ていない。

10月に開かれた有識者との会合に出席したロシアのプーチン大統領。この日も日本との平和条約問題について発言した=AP

プーチン発言の真意は?

 長く忘れられていた「善隣条約」を持ち出したのではないのか--。それが今年9月にプーチン氏が安倍首相に向けた発言だった。「前提条件を抜きにして、年内に平和条約を締結しよう」。安倍首相が同席した会議で出された提案は日本国内を揺さぶった。ロシア国内でも真意を測りかねていた節があるが、98年に駐日大使を務めていたアレクサンドル・パノフ氏は以下のように説明と分析をする。

 実は小渕・エリツィン会談を受けて、日露外交当局は善隣条約について話し合い、素案も作っていたという。この点については別の外交当局者も認めているから、大筋で正しいと仮定したい。そして今秋のプーチン氏が当時の善隣条約交渉を念頭に置き、「年内の条約締結」を投げかけたのではないだろうか。これがパノフ氏の推測だ。

 現時点では日本政府が善隣条約の提案を受け入れる気配は見えない。安倍首相も提案について「今の日本では受け入れられない」と断ってきたと、プーチン氏自身が説明している。自らの任期の間に、平和条約を締結することに意欲を示してきた首相である。それでも北方領土の帰属を解決しないまま、平和条約だけを結ぶリスクは冒せない。当然だが、この線を越えるわけにはいかない。

国力弱めた日本

 エリツィン氏が98年11月に提案を出してから、まもなく20年がたつ。当時との最大の違いは、国際社会で日本とロシアの立ち位置が大きく変わったことだ。欧米諸国から経済制裁を科されているとはいえ、ロシアはソ連崩壊後の混乱を乗り越え、国力を回復している。これに対し日本は中国や北朝鮮という脅威に直面し、北東アジアでの安全保障環境は年々厳しくなっている。

 20年前には13倍超もあった日露の国内総生産(GDP)の差は、3倍まで近づいている。「島を取引材料にすることはない」。2年前の段階で、プーチン氏も明言していた。日本の経済力を頼りにするあまり、ロシアが平和条約問題で譲歩するシナリオはますます考えにくくなっている。

 じわりじわりと、今の日露関係は20年前に出された提案へと流れていく。まずは共同経済活動の提案に乗った日本だ。今秋のプーチン発言の真意が善隣条約を意図していると仮定しよう。遅かれ早かれ、日本はこの提案に向き合う日を迎えるのだろうか?

 少なくとも、日本が今後も善隣条約の是非を検討することはないと言い切れるほどの材料は見当たらない。【大前仁】

大前仁

モスクワ支局記者 1969年生まれ。1996年から6年半、日経アメリカ社でワシントン支局に勤務。毎日新聞社では2008年から13年まで1回目のモスクワ支局に勤務。

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 札幌の飲食店付近で爆発 けが人10人以上か 札幌市
  2. 許さない 性暴力の現場で/4 兄からの虐待 逃げ得…納得できない /群馬
  3. 札幌飲食店付近で爆発 店「跡形もなく」 消防員近づかないよう呼びかけ
  4. 爆発 マンション駐車場で車大破 1人けが 大阪・東淀川
  5. 雑居ビルで爆発 42人負傷 ガス爆発の可能性も 札幌市

編集部のオススメ記事

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです