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 1986年4月末、馬場正男の古巣、大映京都撮影所が閉鎖された。馬場が辞めた83年以降も、貸しスタジオを主として細々とながら稼働していたが、ついに力尽きた。

 馬場は会社は辞めたとはいえ、撮影所にはよく出入りしていた。「いややったね。長いこと仕事したのに。東洋一と言われたA2のセットもなくなって。寂しい気持ちもあったし、まあしゃあないな、やっぱり、という諦めもありました」

 京撮の処遇は再建闘争時から議論となった。組合は管財人の閉鎖案に断固反対、存続を条件とした徳間康快に再建を託したという経緯があった。しかし今度は、組合側も閉鎖を認めざるを得なかった。再建闘争時の組合幹部が「あれ以来、京都には足を踏み入れられない」というほどの痛恨事だった。

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