メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

傷痕は消えない

満州と山形 第3部・開拓のルーツを訪ねて/1(その2止) 山形の実践から満州へ /山形

背景に国内農地不足 加藤が提言

 1932年から45年まで、日本政府はかいらい国家「満州国」に農業移民を送った。開拓運動を推し進めた加藤完治は、山形で実践した農地開拓の経験をもとに広大な旧満州(現中国東北部)でも開拓を進めようとし、戦後も農業に携わった。

 東京で生まれた加藤は東京帝大農科大学(現東大農学部)を卒業後、教諭を経て15年、山形市六日町(現緑町)に開設された県立自治講習所の初代所長に就任した。実践を重視する加藤は村山市内で実習農場の開墾を始め、旧萩野村(現新庄市)でも荒れ果てた原野開拓に着手した。講習生から「農民として独立したくても次男、三男には土地がない」との苦悩を聞き、海外での開拓を意識し始める。

 27年、茨城県友部町(現水戸市)に設立された日本国民高等学校(後に日本高等国民学校に改称し、現在は…

この記事は有料記事です。

残り1115文字(全文1473文字)

おすすめ記事

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 内村航平が予選落ち 体操全日本選手権
  2. 池袋暴走 元高級官僚だから? 「なぜ運転手が逮捕されないのか」疑問の声噴出
  3. 大迫のツイッター批判受け、陸連が規定変更を検討 日本選手権後
  4. 世界の雑記帳 直立したマウンテンゴリラが飼育員の自撮りに納まる、コンゴで
  5. 「給料泥棒」「ずるい」 7年育休のNHKアナ退職、バッシング殺到の背景は?

編集部のオススメ記事

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです