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麗しの島から

台湾統一地方選で起きる「韓流」ブーム

激しい口調で支持を訴える高雄市長選の国民党新人候補、韓国瑜氏=台湾南部・高雄市三民区で2018年11月3日午後4時4分、福岡静哉撮影

 台湾の次期総統選(2020年)の行く末を占う統一地方選(11月24日投開票)は、蔡英文総統率いる与党・民進党が苦戦を強いられている。原因の一つが「韓流」ブームだ。韓国の音楽やファッションなどを指す「韓流」ではない。主役は南部・高雄市の市長選に野党・国民党から出馬している韓国瑜氏(61)。爆発的な人気を博し、台湾全体の選挙情勢にも影響を与えそうな勢いだ。民進党が高雄市で敗れるなどの結果になれば、蔡総統の責任論に発展し、20年総統選の情勢に大きく影響する。

「現状を変えてくれる人だ」

 11月3日、高雄市三民区。韓氏と高雄市長選候補の合同集会が開かれた公園は1000人ほどの支持者で埋め尽くされ、異様な熱気に包まれていた。韓氏が会場の後方から登場すると、まるで芸能人が登場したかのように「キャー!」と歓声が上がる。韓氏に触れようとする大勢の支持者らに取り囲まれ、ボディーガード役の男性らに守られながら、やっとのことで壇上に上がった。

 韓氏がこぶしを振り上げ、こめかみに血管を浮かべながら、激しい口調で訴える。

 「なぜこんなに『韓流』が皆さんを引きつけるのか。民意が変わったからだ。民進党市政が20年続いたが、何もよくならなかった。もう我慢できないんでしょ? 違いますかあ!」。聴衆は「その通り!」と大声で返した。近くで見ようと前方に押し寄せた支持者らはスマートフォンで必死に撮影する。「私はただ民衆を支えたいだけなんです。高雄を台湾で一番金持ちの街にする!」

 韓氏は演説を終えると次の遊説会場に向かうため、ステージ裏に止めた車に向かった。これを見つけた群衆が車に駆け寄り、黒山の人だかりに。「韓国瑜、ドンスワン!」と叫び続けた。「ドンスワン」は「当選」の台湾語だ。

 韓氏の車に駆け寄った台北市の張員禎さん(30)は「韓さんの集会を見るために台北からはるばる新幹線で高雄に来ました。国民党の支持者ではないけど、韓さんにとても魅力を感じる。現状を変えてくれる人だと思う。総統にもきっとなれるはず」と興奮した様子で話した。こうした韓氏のファンはソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上で急増し、「韓粉」(韓氏のファンの意味)という言葉も生まれた。

 今や台湾で最も注目される政治家となった韓氏とは何者か。北部・新北市出身で、国民党の立法委員(国会議員)などを歴任し、12年から4年間は台北の青果市場で総経理を務めた。17年5月の国民党主席選に出馬したが、この時は注目を集めず、6人中4位で落選。今年4月、縁もゆかりもない高雄市の市長選に名乗りを上げた。

民進党の金城湯池に異変

支持者らに取り囲まれながら演説会場を離れる韓国瑜氏(奥の青いシャツを着て笑顔の男性)=台湾南部・高雄市三民区で2018年11月3日午後5時1分、福岡静哉撮影

 高雄市は台湾南部最大の都市で、人口は3番目に多い約277万人。民進党にとっては、1998年から20年にわたり市政を担ってきた金城湯池だ。当初は誰もが民進党の圧勝を疑わず、韓氏は泡沫(ほうまつ)候補に近い扱いだった。だが10月以降、世論調査で民進党の新人候補、陳其邁氏(53)を上回る結果も相次ぎ、今では大接戦と報じられる。統一地方選で最大の焦点区となった。

 韓氏の人気が急上昇し始めたのは9月ごろ。庶民受けする語り口と、「金もない、人もいない。あるのは命だけだ」などと訴える姿がSNSなどで繰り返し転送され、話題に。また薄い頭髪を題材にした絶妙の掛け合いがお茶の間に受け、バラエティー番組に相次いで出演した。韓氏が台北の青果市場の総経理時代に民進党の台北市議と激しい議論を交わす場面の動画は、インターネット上でのべ976万回の再生回数(8日現在)となっている。一部で中国からのアクセスを疑う声もあるが、それでも人口約2350万の台湾の政治家としては突出した回数だ。台湾メディアは、かつて日本で横山ノック氏や青島幸男氏、東国原英夫氏らタレント出身の政治家が知事として一世を風靡(ふうび)した現象と比較して報じている。

 台湾の選挙を研究している小笠原欣幸・東京外大准教授は「韓流」ブームの原因について「韓氏は国民党内でエリートではなく、馬英九総統時代には冷遇されている。国民党でありながら反体制・反権威の雰囲気を出している。それが高雄の強力な民進党組織に単騎で挑む勇者という、非常にねじれたイメージになっている」と分析する。欧州や南米など世界各地で既成政党への反発から「第三極」勢力が躍進する現象が起きているが、台湾ではそれが少し異なった形で起きているのかもしれない。

 さらに国民党寄りのテレビ局や新聞が韓氏人気をあおった。連日、高雄市について「高齢化し、貧しい」「仕事がなく若者は台北に出てしまう」といったニュースを報じる。「北漂青年」(仕事を探すため台北に向かう若者の意味)という新しい言葉も生まれ、高雄出身の若者らが出演して現状への不満をぶつける番組なども放映されている。台湾は特に若者の失業率が12・29%(今年9月)と全体の3・76%(同)に比べ突出して高い。報道に触発された若者らが、不満の受け皿として韓氏支持に傾いている可能性がある。韓氏の演説を聴いていた高雄市の男性(28)は「働き先が少ないため高雄を出る同級生が多い。民進党の市長のままだと何も変わらない」と言う。

 韓氏の主張には「高雄にディズニーランドを造る」「高雄の人口を(277万人から)500万人に増やす」など、かなり実現性が疑わしいものもある。しかし冷静な問題提起は爆発的な人気にかき消されてしまっている。

 台湾では16年、民進党が国民党から政権を奪還。だが期待を背負った蔡政権は、台湾経済が依存する中国との関係悪化や、内政の混乱が響き、支持率の低迷に苦しむ。一方で親中派のイメージが強い国民党の支持率も伸び悩んできた。韓氏も生粋の国民党候補だが、個人的な魅力で有権者の熱烈な支持を呼んでいる側面がある。

 だが、韓氏の勢いは次第に国民党全体にとって追い風となりつつある。民進党寄りの調査機関「美麗島民調」が11月2日に発表した世論調査では、国民党に好感を持つ人は41・7%と前月比で10・0ポイントも急増。同党に反感を持つ人の39・2%を上回った。逆に民進党に反感を持つ人は前月比5・5ポイント増えて57・5%と、同じ調査で蔡氏の総統就任以来、最悪の数字になった。世論調査でも終盤に入り国民党候補の数字が伸びる傾向が出ている。「韓流」ブームは統一地方選全体の情勢を左右する可能性すら出ている。

結果次第で、次期総統選は波乱含みに

 高雄市は、民進党にとって「聖地」とも言える場所だ。台湾ではかつて国民党が一党独裁体制を敷き、87年まで38年にわたり戒厳令が敷かれた。国民党以外の政党を結党することも許されなかった。79年、これに反発して民主化などを求める大規模デモを高雄市で起こした大勢の人々が弾圧され、投獄された。台湾で「美麗島事件」と呼ばれる。投獄された中には、蔡政権の総統府秘書長(内閣官房長官に相当)の陳菊氏、台北駐日経済文化代表処の謝長廷代表(駐日大使に相当)ら、86年に民進党を結党したメンバーが多く含まれた。事件の弁護団の一人として法廷に立ったのは後に総統となった陳水扁氏だ。

 民進党は高雄市で98年から謝長廷氏が、次いで陳菊氏が市長を務めてきた。14年市長選も陳菊氏が得票率68%で圧勝。陳氏が今年3月に総統府秘書長となった後は民進党籍の代理市長が担う。民進党にとって高雄市長選は絶対に落とせない選挙だ。

集会で支持を呼び掛ける高雄市長選の民進党新人候補、陳其邁氏=台湾南部・高雄市左営区で2018年10月20日午後3時31分、福岡静哉撮影

 今回、民進党から出馬する陳其邁氏は立法委員、総統府副秘書長、高雄市代理市長、民進党副秘書長などを歴任した民進党内のエリートだ。論理的な語り口からテレビ番組などで論客としても活躍してきた。選挙戦では「経済市長になる」とアピールし、「今回の市長選は高雄が正しい発展の道を進むのかどうかが問われている」などと有権者に訴える。

 高雄市のタクシー運転手、黄堅さん(68)は「韓氏の言っていることは信用できない。陳氏の主張は具体的で、高雄の未来のことをよく考えている。私は経験豊富な陳氏を応援する」と語る。これに対し、高雄市三民区の英語教室経営、許婉真さん(38)は「支持政党はないが韓氏を応援している。韓氏は陳氏よりも民衆と同じ目線で物事を見ていると感じる。蔡英文政権で景気はよくなる見込みがない。高雄市長は民進党が20年も続けている。一度、新しい人にやらせてみたい」。台湾では改革政党のイメージがある民進党だが、高雄市民の間には「飽き」も出ているようだ。

 国民党の馬英九政権で行われた前回の14年統一地方選は、22県・市のうち15県・市を押さえていた国民党が6勝しかできず大敗。馬氏は責任を取って国民党主席を辞任した。6県・市だった民進党は13勝し、躍進した(3県・市は無所属候補が勝利)。蔡氏は勢いに乗って16年1月の総統選で国民党新人候補を破り、政権奪還を果たした。

 今回、民進党は高雄市だけでなく中部の台中市や彰化県、嘉義市、東部の宜蘭市、離島の澎湖県など現在は首長職を押さえる多くの県・市で苦戦が伝えられる。直轄6市(台北、新北、桃園、台中、台南、高雄)の一角である台中、高雄をいずれも落とせば、蔡氏の党主席辞任は不可避とみられる。結果次第では、20年総統選の行方は波乱含みとなる。【福岡静哉】

福岡静哉

台北特派員。1978年和歌山県生まれ。2001年入社。久留米支局、鹿児島支局、政治部などを経て2017年4月、台北に赴任した。香港、マカオのニュースもカバーする。

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