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社説

東京裁判判決から70年 無関心は風化を呼び込む

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 東京裁判は、終戦の翌年から2年半をかけて日本の戦争指導者らの罪を裁いた国際軍事法廷だ。1948年11月12日に判決の言い渡しが終わり、7人が絞首刑を宣告された。それからあすで70年になる。

     この判決は歴史認識をめぐる摩擦の発火点になってきた。戦前日本を肯定的にとらえたがる民族主義的思考の人びとは「自虐史観をもたらした」と東京裁判を攻撃する。

     特に自らもA級戦犯の容疑者となった岸信介元首相は、裁判について「絶対権力を用いた“ショー”だった」「『文明』の名に汚点を残したという記録に過ぎない」などと切り捨てている(「岸信介回顧録」)。

     こうした右派の怨念(おんねん)が靖国神社へのA級戦犯の合祀(ごうし)、それに伴う天皇の参拝見送り、首相の参拝に対する近隣諸国の反発へとつながったのは周知の通りだ。一部の勢力にとっては、東京裁判への憎悪が憲法改正運動の動機付けにもなっている。

     しかし、日本は東京裁判を受諾することでサンフランシスコ講和条約を各国と結び、主権を回復したというのが歴史的な事実だ。

     もしもこれを否定するなら、戦後秩序とりわけ日米安保体制の否定に結びつく。独自に戦争責任を総括する厳しさを欠いたまま、ただ感情的に「勝者による一方的報復」と言い立てても世界には通用しない。

     さきに韓国の最高裁は、日韓併合が不法だったから元徴用工には慰謝料請求権があると強引に解釈し、日韓関係を揺るがした。東京裁判否定論も類似の論理を生まないか。

     東京裁判が罪刑法定主義や証拠採用の公平性の面で不完全だったのは間違いない。ただ、それも大戦直後の国際情勢にしばられた政治決着として大局的に判断すべきだろう。

     さらに国際法の発展過程として東京裁判をとらえ返す視点も必要だ。旧ユーゴ国際戦犯法廷(93年)から国際刑事裁判所の設置(2003年)に続く動きは、人道に関する国際規範の強化を背景にしている。東京裁判はその出発点でもある。

     懸念されるのは、戦後史を教えない学校教育の結果として東京裁判の認知度が低下していることだ。知識不足が無関心を呼び、歴史の伝承を妨げる。若い世代には難しくても、風化させてはならない出来事だ。

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