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熱血!与良政談

長年、政治の裏側を取材してきた与良正男専門編集委員が、永田町に鋭く斬り込みます。

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熱血!与良政談

改革後19年の惨状=与良正男

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 「図らずも、なんて言われたら困るからなあ」と、閣僚内定者に対して、就任の抱負を事前にリポートにまとめ、提出するよう求めた首相がいた。1999年秋、自民、公明、自由(当時)3党連立政権として改造内閣を発足させた時の小渕恵三首相だ。

 初入閣組の就任会見といえば、決まり文句のように開口一番「図らずも○○大臣を拝命し……」と切り出していた頃。ところが、よくよく考えれば「図らずも」は謙遜しているように見えて、本人が望みもせず、準備もしていないと白状するに等しい。こうした常識にやっと立ち返り、小渕氏は「図らずも」と語るのを禁じたのだ。

 改造前の国会では「国会審議活性化法」が成立。閣僚に代わって官僚が答弁する「政府委員制度」を廃止し、答弁は原則、閣僚と政務次官(後の副大臣)がすることになった。そんな背景もあった。

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