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クトゥーゾフの窓から

北の島々は(2)日露平和条約の現状を考える 交渉進展の可能性は?

日露間で北方領土の帰属確認の協議が進まない中、現地ではインフラ整備が進む。択捉島の工場には「択捉にようこそ」との看板が掲げられていた=択捉島で2014年6月、大前仁撮影

 安倍晋三首相が11月中旬にプーチン露大統領と再び会談するが、この会談で平和条約問題を進展させられるのだろうか。安倍政権は、プーチン氏が今秋立て続けに平和条約問題に言及したことについて「平和条約締結への意欲の表れ」と評価し、前向きの材料と捉えている。この分析は適切なのだろうか。日本政府はプーチン氏が前回訪日する前の2016年秋の時点で、平和条約問題に「前のめり」になりながら大きく進展させられなかった苦い経験があるのだが、前回の轍(てつ)を踏まずに済むのだろうか。いくつかの点を検証してみる。

 まずは平和条約問題が置かれている状況をおさらいしよう。日露両国が北方領土の帰属や返還方法、平和条約締結について話し合う交渉そのものは、現時点で事実上凍結されている。ロシアが「日本との間では十分な信頼関係が築けていない」と主張し、交渉に応じていないからだ。その代わりに両国は平和条約交渉の前提条件となる「信頼関係」を築くという目的を掲げ、北方領土で共同経済活動を始めるために協議している。日本としては、プーチン氏が次に来日を予定する来年6月までに、共同経済活動にめどを立てることにより、平和条約交渉の「本丸」に移行したい考えだ。

難航する共同経済活動

 安倍首相は今回の首脳会談で、平和条約交渉を加速化させたい考えだと報じられているが、踏み込んでいえば、交渉再開の機運を生じさせたいのだろう。ただし共同経済活動の協議の現状については「わずかな成果しか出していない」(プーチン氏)とまで言われている。これまで5分野を対象に絞り込み、工程表を作成することで合意しているが、最大の争点となる「法的な枠組み」に関しては「想定以上に難航している」(協議関係者)。この枠組みとは五つの分野で両国の法律に抵触しない「グレーゾーン」を作る作業であり、首脳同士が顔を突き合わせたからといって解決できる類いの話ではない。やはり専門家が細部に関する話し合いを積み重ね、大枠を作らねばならず、この段階に至っていない模様だ。今回の会談に臨む安倍首相が共同経済活動について有力なカードを手にしているとは思えず、プーチン氏の心を突き動かせるようなシナリオを思い描くのは難しい。

日ソ共同宣言の重視は切り札か?

 それでも首相はプーチン氏と向き合った際に、平和条約交渉を「加速させる」段階まで引き上げようと狙うのだから、何らかの切り札を懐に忍ばせていくのだろう。それが一部で伝えられているように、日本として「日ソ共同宣言」(1956年)を重視する点を強調するアプローチであるとすれば、はたして、それがプーチン氏を相手にして効力があるのかが焦点になる。

 共同宣言には、平和条約を結んだ後に、歯舞群島と色丹島の「2島」を引き渡すと明記されている。つまり日本政府が北方四島の帰属を確認するという原則に固執せず、共同宣言を重視する姿勢を鮮明に示せば、プーチン氏も「2島」で手を打とうと歩み寄ってくるのではないかというアプローチだ。(この場合に残された国後、択捉両島について、日本が帰属確認や返還を断念するのかは、ここでは論じず、別の問題としておこう)

 確かにプーチン氏は00年9月に来日した際、日ソ共同宣言が有効であるとの見解を示した。この問題についてはゴルバチョフ元ソ連大統領やエリツィン元露大統領が有効性を認めていなかったのだから、日本にとっては進展だったといえる。一方で16年12月の訪日前のインタビューでは、プーチン氏は共同宣言に沿った解決策について「それについて話すのは時期尚早だ」「日本は履行を拒否した」「(2島について)どちらの主権で、どのように引き渡されるのか明記されていない」などと発言していた。

10月のプーチン発言の真意は

安倍晋三首相とプーチン露大統領は会談を重ねており、11月中旬の会談が今年3回目となるが、平和条約交渉は事実上凍結している=ロシア大統領府放映の映像より。2018年5月、大前撮影

 プーチン氏は今年10月に出席した有識者との会合でも、平和条約問題について踏み込んで話をした。少し長くなるが、発言を抜粋してみよう。

 「我々は日露間に領土問題は存在しないと考えているが、対話は拒否していない。我々は、信頼関係の構築という不可欠な条件作りに努力している。ところが日本は我々に制裁を科してきた」

 「我々は中国との間で領土問題について40年間も話し合ってきた。その間にはさまざまなことが起きたが、(まずは善隣)友好条約を締結するに至った。これが領土問題を解決する条件を整え、その結果として妥協的な解決案を見いだしたのだ」

 「私は安倍首相にも同じことを言った。我々が領土問題を解決しないまま平和条約を結んだとしても、この問題を解決しないということではない。歴史のゴミ箱に捨てようということでもなく、何もなかったように次に進もうということでもない」

 「我々はすでに70年間も日本との間でこの問題を議論し、どうにも合意できないでいる。全てが袋小路に置かれている。それならば平和条約を結んで信頼関係の向上に努め、両国の間に問題を作るようなことをせず、前に進んでいこう。そして領土問題を引き続き議論していこう」

 「しかし安倍首相は自分の考えを持っている。日本にとって今の段階では、このようなアプローチを受け入れられない。我々はまず原則的な領土に関する問題を解決してから、平和条約について話し合うことができると、伝えてきた」

 「それも可能だが、我々はすでに70年も足踏みをしており、出口が見えない状況に置かれている。我々はこれらの島々で共同経済活動の実施について話し合っている。これはアイデアとしてはいいのだが、わずかな成果しか出していない」

読み取れぬ2島返還のシグナル

 これらの発言を通じて、プーチン氏が「2島返還」で手を打とうとしているシグナルを発してきた--。少なくとも私がモスクワで話を聞いた外交関係者や専門家の中には、そのように読み解く人はいなかった。むしろプーチン氏は中国との事例を取り上げ、善隣友好条約(01年)を結んでから、国境画定で合意(04年)した方式が有効であると繰り返している。さらに日本と協議してきた平和条約交渉について「袋小路に置かれている」とまで評した。それは日本が四島の帰属に固執していた点だけではなく、ロシアが最も懸念している在日米軍の問題が解決しない限り、共同宣言に明記されている二島引き渡しにも応じられないと認識しているからだろう。

 プーチン氏は2島引き渡しが明記された共同宣言を否定こそしていないが、この宣言に沿う形で無条件の2島返還に応じることはなくなっている。もはや今のロシアは1島さえも引き渡さないとの構えすらみせている。もしくは「2島」に原則を置きながらも、そこから可能な限り有利な条件を引き出そうとする「2島マイナスα」と言えるかもしれない。プーチン氏が前回に訪日した16年12月、日本側の交渉団の一人も「2島マイナスα」という見方に同意していた。

 16年の対露外交も今年と似た道筋をたどった。9月に開かれた日露首脳会談後の安倍首相の発言を受け、日本国内では年内にも2島返還で合意するのではないかとの期待が高まった。だがプーチン氏が10月に出席した有識者会議で「交渉に期限を設けるのは有害だ」と発言し、冷や水を浴びせられた。さらに11月の首脳会談で、プーチン氏がかたくなな態度を示したことから期待感が一気にしぼんだ。

 今年もプーチン氏が9月に発言した「年内の平和条約締結」や、10月の有識者会議での発言を受けて、一部で楽観論が生じたまま、11月の首脳会談に突入していく。交渉ごとだから、首脳同士が向き合うまでは結果を予測することはできない。それでも、これまでの経緯を見る限りでは、楽観視できる材料は非常に少ないと言わざるを得ない。【大前仁】

大前仁

モスクワ支局記者 1969年生まれ。1996年から6年半、日経アメリカ社でワシントン支局に勤務。毎日新聞社では2008年から13年まで1回目のモスクワ支局に勤務。

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