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 フランス語を身につけるため2018年4月からフランスに留学しています。新聞記者の仕事を離れ、語学学校に通う日常生活を日記風につづっています。4月からは北部のルーアンで、10月からは南部のモンペリエで、ホームステイをしながら過ごしています。

 モンペリエは雨続きです。イメージしていた「陽光降り注ぐ南仏」をほとんど体験できないまま、冬に向かっています。朝晩は気温が10度以下に下がる日も多くなり、下宿先の奥さんが布団を厚いものに交換してくれました。

雨上がりの通学路。モンペリエは雨続きで、私が学校に着くとまた降り始めました

「想像して! 想像!」

 フランス語能力の認定試験に「DELF」というものがあります。A1からC2までの6段階で能力を評価するもので、「欧州言語共通参照枠」(CEFR)に対応しています。CEFRは欧州で使われるさまざまな言語の能力を横断的に示す指標とされています。例えば、「英語はC2(最高レベル)だけど、フランス語はこれからC1(上から2番目)を目指すよ」とか、「英語はB2なんだけど、ホテル業の職業大学に入学するためにはフランス語のB1が必要で」などという留学生同士の会話が聞こえてきます。私は上から4番目の「B1」というレベルを受験しました。読解・聞き取り・会話・作文の4科目の試験があります。100点満点でその合計が50点に達したら合格です。学校では、通常の授業とは別にこの試験対策のクラスが用意されています。そこで出た作文の課題に面食らいました。

 「あなたは新聞記者です。友人があなたの街にレストランを開業しました。あなたと友人は子供の頃からバカンスの度に一緒に過ごした仲です。このことを題材に記事を書きましょう」

 私こと、新聞記者を始めて12年。記事の書き方については訓練を積んできたつもりです。記事とは、まず取材あっての執筆。「この友人って誰のこと? なんでレストラン? 記事の体裁は? ファクト(事実)がないと書けないんですけど」などと、頭の中が混乱に陥っている間に制限時間が過ぎてゆきます。隣の席のクラスメートはもうペンを走らせています。たまりかねて、先生を呼びました。「これ、何を書けばいいんですか?」と尋ねると、「想像しなさい、想像。話を想像して書くの!」と言うのです。

 振り返ると、大学入試でも入社試験でも「小論文」なる課題がありました。13年前に受けた毎日新聞の入社試験のテーマは「価値」。これに沿うような自分の経験を書け、という趣旨だったと理解しています。ここに想像力が入り込む余地はありません。大学入試はもう忘れてしまいましたが、いきなり自分が記者になったり、名画のモデルになったりした上で論述せよ、などと試された覚えはありません。

 「想像ねぇ。これがフランス式なのかしら」と戸惑いながら、「世界一周旅行をしながら料理人の修業をした友人」をでっちあげ、架空のメニューや立地を書き込んで記事の体裁をつくろい、なんとか書き終えました。

 ただし、この作文試験が受験者の想像力を試しているのかというとそうではありません。採点にあたる先生によると、どれだけおもしろい話を想像しようとも、それは採点者を楽しませるくらいで点数には無関係。重要なのは、フランス語の文法を間違えず、レベルに応じた語彙(ごい)力を発揮して書けるかどうか。会話の試験も同じです。例えば、「友人が電子書籍を買おうかどうか迷っています。あなたは買うように勧めてあげましょう」という課題。日ごろ「電子書籍なんて紙の手触りがないから読んだ気にならないよ」などと思っていようがいまいが、あらゆる観点からその利点を列挙し、決して沈黙することなく、「購入を迷う友人」役の試験官を説得するのです。

 一方、上から3番目の「B2」に段階が上がると、作文試験で想像力を発揮する機会は減るようです。テキストをめくってみると、「原発」「美容整形」など実際に世の中で議論されている題材が中心。「具体例を示しながら対立する意見を述べ、その上で自分の考えを書くこと。採点者があなたと異なる意見でも減点されないから安心して」と先生に言われました。

「大嫌い!」の言い方

 授業では、こんなこともありました。「複合過去、半過去、大過去」という時制を使い分けながら「最近見たおもしろい映画」について発表するという課題です。様式も決められています。まず、映画のタイトルや公開年、主演俳優などを説明し、それからあらすじ、最後に感想。適切な接続詞を選ぶことも重要です。

語学学校の学生たちによる発表の時間。これはルーアンの語学学校での様子です

 メキシコから来たディアナは、トム・クルーズ主演の「ミッション:インポッシブル」を紹介しました。ところが、彼女が発表を終えると私たちの先生は開口一番、「私はトム・クルーズが大嫌い」と言い放ったのです。その上で、「ディアナは正しく時制を使い分けていた。とてもいい発表だった」とコメントし、教室は万雷の拍手。

 しかし、私はあぜんとしました。「おもしろい映画を紹介してと言うから発表したのに、俳優の好き嫌いを先生が言うかね? 私がディアナなら不愉快だわ!」。小学校の先生を目指すスイス人のネイラにそう言ったら「そうだよね。私が先生だったら授業中、自分の好き嫌いは言わない」と同意してくれました。こういう発言はフランスの教室では普通のことなのでしょうか。大学で英語を教える友人のカロリーヌに尋ねたところ、「映画や俳優について個人の好き嫌いを言うことは、ある。そんなの批評の範囲内だから。あなたは好き、私は嫌い。以上。でも人種や宗教について好き嫌いは言わない。というか、言ってはいけない」と解説してくれました。当事者のディアナも「あれは先生の意見でしょ。いいんじゃないか?」と話し、私の同情交じりの問いかけは一蹴されました。

「考えるのをやめてはだめ」

 「自分の考えを発表するのって、どうも我々の世代は訓練されていなくて……」と香港から来た40代の陳さんがつぶやいていました。「依存症患者になったと仮定して、自分の状況を説明してみよう」という課題が授業で出たそうです。想像力に加え、アルコールや薬物といった依存症に関する社会常識も試されます。陳さんは、堂々と発表する10代の学生に圧倒されたと言いました。

 では、胸を張って発表するにはどうすればいいか。文法や単語を忘れてしまっては外国語では何も表現できません。まず、覚えることです。トム・クルーズをこき下ろした先生の授業で私は「BlacKkKlansman」という米映画を紹介しました。黒人警察官が白人至上主義団体に潜入捜査する、というあらすじ。説明するためには「侵入・潜入する」という動詞が必須です。ところが私はこの単語を忘れ、別の言葉で言い換えようとしたところ話がそれ、クラスメートに映画の見どころを伝えられませんでした。悲しいけれど過去形の使い分け以前の問題です。自分が理解していても、それを相手に伝えるには別の練習が必要だと痛感します。

 ある授業では、「2021年からフランスのバカロレアの制度が変わる」という話題が取り上げられました。バカロレアとは、フランスの大学入学資格試験のこと。試験科目はフランス語と哲学が必修で他は受験生が選べる、という仕組みになります。フランス語はいいとして、なぜ哲学が特別扱いなのか。先生に尋ねたら、「知らない。僕は哲学、嫌いだったし」とつれない対応でした。抽象的な概念について歴史上の哲学者の考えを引きながら論述するという試験です。これは好き嫌いが分かれそう。

 知恵袋のカロリーヌに聞いてみました。「戦争で多くの犠牲者を生んだ反省からなんだと私は考えているよ。みんなが一つの意見に流れてしまってはいけない。だから、私たちは考えることをやめてはいけない。その方法を身につけなくてはいけない」。私にも分かる言葉で教えてくれました。想像力を糸口にして、能力を測る試験。対立する意見を表明して議論を促す教室。外国人への語学教育にも、同じ精神が息づいている気がします。【久野華代】

久野華代

1983年三重県生まれ。東京外国語大学を卒業後、2006年に毎日新聞に入り北海道や東京で記者として働いた。日当たりの良いテーブルか、あたたかい布団で本を読むことが好き。寒い部屋ならルイボス茶をいれる。山菜採りも好き。

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