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若松孝二とその時代

2012年10月17日に若松孝二監督が突然の事故で逝ってから5年半余りがたった。「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」「キャタピラー」「水のないプール」「天使の恍惚(こうこつ)」「赤軍-PFLP・世界戦争宣言」「犯された白衣」など、日本映画史に残る傑作、問題作を数多く残した鬼才の死を惜しむ声は今も少なくない。「映画を武器に世界と闘う」「日本映画界をブチ壊す」--。半世紀にわたって、体制への怒りと反抗心をむき出しにした若松監督がこの国にもの申し、時代を撃ち続けた力の源泉とは何だったのか。ゆかりの深かった関係者へのインタビューなどから、にんげん・若松孝二の原点と魅力に迫る。

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若松孝二とその時代

(13)「俳優として立ち直らせてくれた人」 大西信満さんインタビュー

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「『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』と『キャタピラー』では、若松孝二監督と一緒に、海外を含めて合計70回以上、キャンペーンに行きました」と話す大西信満さん=長谷川直亮撮影
「『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』と『キャタピラー』では、若松孝二監督と一緒に、海外を含めて合計70回以上、キャンペーンに行きました」と話す大西信満さん=長谷川直亮撮影

 1970年前後の若松プロを描いた青春映画「止められるか、俺たちを」が全国で好評公開中だ。連載企画「若松孝二とその時代」第13回は「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」(2008年)以降の若松作品全5作に出演し、重要な役どころを演じてきた大西信満さんのインタビューをお届けする。「キャタピラー」(10年)では戦争で四肢を失い「軍神様」と呼ばれた久蔵役を熱演するなど、井浦新さんと並んで晩年の若松映画をけん引した実力派俳優は「自分を立ち直らせてくれた人」と語り、恩人への感謝を忘れていなかった。【鈴木隆】

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