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馬場正男と撮影所・京都カツドウ屋60年

勝田友巳記者が、京都の撮影所と共に人生を歩んだカツドウ屋が見てきた映画戦後史をひもときます。火曜日更新。

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馬場正男と撮影所・京都カツドウ屋60年

/192 困難だった人材育成

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 1988年、勝新太郎の「座頭市」のため、馬場正男は広島・みろくの里での大セット建設に汗をかいた。大映時代からの古いなじみで、美術制作のベテラン、柳瀬恭一が相方だ。2人とも時代劇映画は知り尽くしているが、時代は変わり撮影所が縮小し、現場にカツドウ屋の常識が通用しない“素人”が増えていた。

 映画セットの作りは、本職の大工には納得しがたい。例えば木材を組み合わせるのに、本建築なら接合部を加工したほぞで継ぐ。しかしバラしが前提の映画にはムダだ。馬場にしてみたら「とても金勘定が合わへん。一遍きりやから、外見がよかったらええ」ということになるが、本職の大工には「これでは持たん、ようやらん」となる。馬場の目が届くの…

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