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核被害の悲惨さを訴え続ける被爆者の声に耳を傾け、平和と核廃絶を求める思いを伝えます。

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2018秋/1 「きのこ雲の下」伝える 日本赤十字社の元看護師・西久保キクノさん(92)

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道ノ尾駅の臨時救護所で被爆者の手当てをする西久保(旧姓・鶴丸)キクノさん=長崎市で1945年8月10日、山端庸介氏撮影(西久保さん提供)
道ノ尾駅の臨時救護所で被爆者の手当てをする西久保(旧姓・鶴丸)キクノさん=長崎市で1945年8月10日、山端庸介氏撮影(西久保さん提供)

 広島、長崎への原爆投下から73年。今年6月には史上初の米朝首脳会談が開かれ、朝鮮半島の完全な非核化で合意したものの、その後の具体的な動きは見えてこない。核兵器廃絶の道のりは今なお遠いが、被爆者はそれぞれの立場から声を上げ、「核なき世界」の実現を求め続ける。記録報道「2018秋ヒバクシャ」は、被爆翌日の自身の姿が撮影された写真を今も大切にする一人の女性のストーリーから始める。

 日本赤十字社の元看護師、西久保キクノさん(92)は今月、佐賀市の自宅で73年前の自身が写った一枚の写真を取り出した。写真の中の西久保さんは、米軍が原爆を投下した翌日の長崎で傷ついた被爆者を救護していた。「こんな写真が二度と撮られるようなことがあってはならない」

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