僕が大学生だった頃、「なぜ人を殺してはならないのか」という問いが社会を騒がせたことがあった。1997年の神戸児童殺傷事件の後、少年たちによる模倣犯罪が続いた社会状況だった。
「ダメなものはダメ」だが、問いそのものが善悪の前提に立っておらず、極論すれば「なぜ人類は滅んだら駄目なのか」の問いになった。頭ですぐ思いつく反論をしても「ではなぜそれでは駄目なのか」と永遠に続く種類のもの。宗教の概念が薄く、神という絶対的なものを持たない国で「なぜ悪であってはならないのか」の問いが生まれたともいえる。「死刑になりたかった」など本人が犯罪後の死を望む場合、死刑の抑止も効かない。当時哲学者たちなどの言論人が答えようとし、少数だったが作家たちも答えようとした。
僕はそれらの答えにあまり満足できず(大変参考にはなった)、作家になってから、物語につながりはない隠…
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