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歴史

明治期に埼玉遷都論 幻の本庄首都

本庄宿の田村本陣の門は現在、市立歴史民俗資料館の前に移築されている=埼玉県本庄市中央で、松下英志撮影

 首都・東京の移転論は浮上しては消えることを繰り返しているが、明治初期に現在の埼玉県本庄市へ首都を移す「本庄遷都論」があった。明治政府の元老院(当時の立法機関)議長で、日本赤十字社の創立者が意見書にまとめたものだが、残念ながら正式に審議されることはなく、幻に終わった。江戸期に本庄は中山道で最大の宿場だったうえ、意見書でも立地条件の良さなどが列記されており、日本の顔や中心になれると期待されたことがうかがえる。【松下英志】

 本庄遷都論を唱えたのは、幕末の主役となった「薩長土肥」の肥前・佐賀藩士だった佐野常民(1822~1…

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