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「野球には草野球とプロ野球がある。サイエンスも、ぼくはプロをやりたい」 弟子が明かすノーベル賞の本庶教授語録

1990年、英ロンドンでの国際会議に参加した本庶佑さん(左)と松田文彦さん=松田さん提供

 ノーベル医学生理学賞を受賞する本庶佑(ほんじょたすく)・京都大特別教授(76)は10日(日本時間11日未明)、スウェーデン・ストックホルムで授賞式と恒例の晩さん会に臨む。最古参の弟子の一人で、本庶さんを「父のような存在」と慕う松田文彦・京大ゲノム医学センター長(58)は、時に厳しい口調で研究チームを率いた本庶さんの言葉を今も胸に刻んでいる。

     松田さんは1983年、京大理学部で数学を学んだ後、大阪大大学院医学研究科へ進んだ。同級生に勧められ門をたたいたのが、本庶さんが教授を務めていた阪大遺伝学教室だ。面接で、医学や生物学の素養がほとんどないと打ち明けたが、本庶さんはすぐにメンバー入りを認め、こう言った。

     「研究室は常に多様な人がいないと面白い研究ができない。君の数学の知識がある日、役に立つかもしれんな」

     本庶さんは弟子たちに、研究に打ち込む姿勢を求めた。「議論にもデータにも妥協はなかった。じろっとにらみつけるような目が怖かった」と松田さんは苦笑まじりに振り返る。ある日、本庶さんは研究室のミーティングで院生らに問いかけた。

     「野球には草野球とプロ野球がある。サイエンスもそうや。ぼくはプロ野球をやりたい。君たちのは草野球になってませんか?」

     本庶さんは基礎研究を続けながら、医学で人の命を救うという強い目的意識が常にあった。若手には口癖のようにこう説いた。

     「医学を研究するなら、一つの病気を治せる研究をしなさい。一生に一つでいい。どんなにまれな病気でもいい」

     松田さんは97年、ヒト免疫グロブリン遺伝子の全遺伝情報を解析した。地道な作業の末にたどり着いた成果だった。この時、本庶さんは研究室の全員を集めて祝辞を贈った。

     「有名学術誌に打ち上げ花火のような論文を載せることが大事ではない。君たちも、教科書に載るような仕事をしなさい」

     今年10月、ノーベル賞決定の発表を聞き、松田さんは恩師のセリフを思い出した。

     「ある会社の株が上がった時、『上がると思っていた』と言う人と、実際に友人や親戚に頭を下げて借金してその株を買っていた人とではリアリティーが全く異なる」

     松田さんは「誰も自分に賛成する人がいなくても、信念を持って研究を続ければ大きな成果は得られる。そのことを今回の受賞は証明したのではないか」と語る。【阿部周一】

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