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「壁」と世界

2019年は、1989年の冷戦終結から30年の節目。融和へと向かった世界では今、再び「壁」を造り、分断を目指す動きが表面化する。壁をキーワードに歴史的な視点から現代を読み解く。

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「壁」と世界

序章 消えぬ祖国・東独/4 二つの価値観、激突

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ドイツ分断の象徴だったベルリン中心部ブランデンブルク門が通行できるようになり喜ぶ東独の若者=1989年12月下旬、AP
ドイツ分断の象徴だったベルリン中心部ブランデンブルク門が通行できるようになり喜ぶ東独の若者=1989年12月下旬、AP

 ある日突然、経済活動が大幅に制限された社会主義国に暮らしていた人が資本主義国に移り住んだら、真っ先に何を感じるのか。ベルリンの壁を越えて東ドイツから西独へと来たトルステン・ペーターさん(54)は「全てが独特だと思った」と当時の戸惑いを振り返る。

 同じドイツ語を話しながら、東独の人に比べ、西独の人は圧倒的に個人の権利を主張した。「西では人々が他人を押しのけ、自分が一番だと主張していた」。外国の要人が訪問する度に「沿道で小旗を振らされた」という共産主義色の濃い教育を受けたペーターさんにとって、「壁」一枚隔てた西独は別世界だった。東独では自己主張よりも、集団の和を重んじることが、暗黙のうちに求められた。

 競争力にたけ、結果重視の西独と、公平さを重視し、控えめな東独。今もドイツの政治や社会に影響を及ぼす異なる二つの「価値観」が、1990年3月の東独人民議会(国会・1院制)総選挙で激突することになった。争点は「東独を西独に編入させ、早期に統一を実現するか否か」だった。

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