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クトゥーゾフの窓から

北の島々は(3) 日露平和条約交渉に「勝負の年」へ

ラジオ局のインタビューに答えたラブロフ外相。今後の対日交渉で歴史問題を取り上げていく考えを明示した=ロシア外務省HPより

 記者会見で質問を無視した河野太郎外相とは対照的に、ロシアの要人は過去1カ月、日本との平和条約問題における自分たちの立場を次々と口にしてきた。「在日米軍に関する問題を抜きにして重要な決定を下せない」(プーチン大統領)「日本は第二次大戦の結果を認めるべきだ」(ラブロフ外相)といった具合だ。

 来年1月からの交渉を前にして、これらの発言について「日本に対するけん制に過ぎない」と腐すことは簡単だ。だがロシア側が本音を明かしていると受け止めるなら、日本は相当に厳しい状況に置かれていることが分かってくる。プーチン氏が来年6月に訪日する機会を捉え、安倍政権は平和条約交渉に関する「基本合意」に達したい考えを漏らしているが、そこまでたどり着けるのかも定かでない。

 モスクワ市内にしんしんと雪が降る12月20日。プーチン氏は恒例となった年の瀬の記者会見に臨んだ。「日ソ共同宣言」(1956年)に基づき、歯舞群島や色丹島が日本に引き渡される場合でも、在日米軍が現地に展開するような事態を受け入れられない。ここ数年のロシアはこのような考えを示してきたことから、日本の記者からはこの問題について「日露間で解決できると思うのか」「米国と直接交渉するつもりか」と問われた。

米軍の問題抜きには条約結べず

 最初の問いに対して、プーチン氏は「平和条約を結んだ後に何が起こるのかは分からないが、この問題への回答なしに最も重要な決定を下すのは極めて難しい」と返答した。二つ目の問いについては、沖縄県名護市辺野古沿岸部で始まった埋め立て工事に言及し「日本の主権のレベルを疑ってしまう」と皮肉った。さらに日本が導入を決めている陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を念頭に置いて「この兵器は潜在的な米国の戦略核の一部である」と批判した。

プーチン大統領の後ろに映し出されたロシアの地図には、偶然にも北方領土も描かれていた=モスクワで2018年12月20日、大前仁撮影

 ロシアのパノフ元駐日大使などは安倍晋三首相がかつてプーチン氏との会談で歯舞、色丹2島が返還されるような場合に米軍を展開させないと約束したという情報を取り上げたうえで、この問題を解決できるとの見方を示す。そのうえでパノフ氏は「日本は主権国家なのだから、なぜ北方領土を非武装地帯にすることに関し、米国の同意を取り付ける必要があるのか」と疑問を呈する。だが現実には日露平和条約に在日米軍の問題を盛り込んでいくとなると、日本はロシアだけにとどまらず、米国とも協議し理解を得なければいけなくなる。安倍首相にとって今後の交渉における「前門のトラ」がプーチン氏であるならば、「後門のオオカミ」はトランプ米大統領となっていくのだろう。

「大戦の結果を認めろ」と迫るラブロフ外相

 プーチン氏の記者会見に先立つ3日前、今後の交渉でロシア側の責任者となるラブロフ氏がラジオ番組に出演した。日露両国が日ソ共同宣言を「基礎として」条約交渉に臨むことについて「それは日本が無条件に第二次大戦の結果を認めることを意味するものだ」と発言した。まずは大戦後に北方四島がソ連領となり、ロシアに引き継がれた事実を受け入れるべきだと迫ってきた。ラブロフ氏は河野外相が「政府の立場に変わりはない」とブログに書き込んだことも逆手に取り、「それは第二次大戦の結果を認めていないことを意味する」と攻撃の手を緩めなかった。今後の平和条約交渉で歴史問題を最初の議題に据えていく考えを鮮明にしている。

 ラブロフ氏は過去十数年間、平和条約問題に絡んだ発言の際に、常に歴史問題を取り上げてきた。その点を踏まえ、日本側からは今回の発言について「何ら新しい点はない」と切り捨てる声が聞かれる。ロシア側でもかつて対日交渉を担ったロシュコフ元外務次官は、今後の交渉で歴史問題に重点が置かれないだろうとの見立てを示す。

 それではラブロフ氏の発言について、交渉を前にしたブラフに過ぎないと片付けられるのだろうか? そうではない側面の方がくっきりと浮かび上がってくる。ある日露問題の専門家は「日ソ共同宣言をよく読んでみると、この文書は日本が第二次大戦に負けた結果を受け入れたことを意味していることが分かる」と指摘する。ましてや安倍政権は北方四島の帰属を解決すると明記された「東京宣言」(93年)に重きを置いた対露政策から、日ソ共同宣言を唯一のよりどころとして平和条約を結ぶ方針へとかじを切ったばかりである。そのため以前よりも、日本にとって「第二次大戦の結果を受け入れる」という点の重みが増してくるというのだ。

 この点を踏まえると、ラブロフ氏の発言の意図がより明確に見えてくる。12月上旬の発言では「平和条約を結ぶということは、まず第二次大戦の結果を受け入れることだ。日本には絶対的に譲れぬ最初の一歩だと伝えてきた」と指摘。ラブロフ氏はこれまでも、北方四島が当時のソ連領となり、ロシアが継承した点を認めるべきだと主張して「そのような一歩が実現しなければ、他の問題を議論できない」と迫ってきた。

記者会見場のスクリーンに映し出されたプーチン大統領=モスクワで2018年12月20日、大前仁撮影

 以下はロシアと日本が繰り返してきた歴史論争のあらましである。ロシアは(1)米国が第二次大戦終結前のヤルタ会談(45年)で、ソ連が対日戦に参戦する代償としてクリル諸島(日本の解釈では千島列島と北方四島)をソ連領とすることに同意し(2)日本が大戦後のサンフランシスコ講和会議(51年)で北方四島の領有権の放棄を表明したと主張し、4島がソ連領になったと唱え続けている。これに対し、日本は(1)自国がヤルタ会談に参加しておらず(2)講和会議で放棄した千島列島の中には北方四島が含まれていないと唱え(3)ソ連がサンフランシスコ平和条約に調印しなかった――などの点を取り上げ、真っ向から反論してきた。

 今回のラブロフ発言に戻ると、国内向けに強気の姿勢を示す狙いだけから、歴史問題に言及しているわけではない点は明らかになってくる。今後の交渉では本気でこの問題を取り上げてくるとみられるが、日本としても引き下がることは難しく、交渉の「最初の一歩」(ラブロフ氏)で難関に突き当たる恐れが出てくる。

中国をも押し切った大国ロシアの外交力とは

 領土問題全般に関するロシアの交渉姿勢について、ベテランの日本人外交官は中露間で行われた交渉を例に挙げる。ロシアはソ連時代からの足かけ40年にも及ぶ交渉の末、2004年に中国と国境画定で合意した。一般的には「フィフティー・フィフティーの原則」に基づき「痛み分け」に終わったとの印象が抱かれがちだが、実態は違っていたという。この外交官は「中国は、帝政ロシアが不法に自国領とした領土があると認めさせようとしてきた。しかしロシアはこの点を認めずに押し切り、国境画定交渉を終えた」と指摘。「やはりソ連時代からの伝統を持ち、大国ロシアがなせる外交の力だと思った」と感嘆する。日本はこのようなロシアを相手にして、平和条約交渉に臨んでいかなければならないのだ。

 ただし別の日本人外交官は今回の対露交渉を控え、次のようにも述べる。「(ロシアは)軟弱に見えるようなことを表の場では一切言えない。強気の発言部分だけを取り上げて、(交渉が失敗した時に)『ロシアはやっぱりやる気がなかった』というのは簡単だ。しかし我々は、ある程度楽観的な見方をしながら、可能性があるところを探って交渉していくしかない。それを追求した結果として、何も達成しないのかもしれないけれども、領土交渉とはそのような試みを繰り返す以外にないのだろう」。冷徹に現状を把握しながら、楽観的な姿勢も持たなければ、73年も解決されてこなかった領土問題の決着まではおぼつかないというのだ。平和条約交渉で「勝負の年」となる19年がまもなく始まろうとしている。【大前仁】

大前仁

モスクワ支局記者 1969年生まれ。1996年から6年半、日経アメリカ社でワシントン支局に勤務。毎日新聞社では2008年から13年まで1回目のモスクワ支局に勤務。

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