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痛みを味わってこそ、人生の選択肢が増える タレント、なすびさん

「痛い思いや失敗することは、結局、人生の糧になる。そういうものが詰まった平成の30年でした」と話すタレントのなすびさん=福島市で、宮崎稔樹撮影

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 平成が間もなく終わる。この時代の側面にあるのは、孤独や若者の自殺、希望の見えなさ……。次の時代を生きるために大切なことは何なのか。20年前に懸賞だけで生活するテレビ番組で人気を博し、2016年には4度目の挑戦でエベレスト登頂に成功した福島市出身のタレント、なすびさん(43)の歩みから考えたい。【宮崎稔樹】

 ――テレビ局の一室に約30人の芸人らが集められていた。1990年代の人気バラエティー番組「電波少年シリーズ」の新企画オーディション。「この中で一番運がいい人を選びます」。引いた三角くじには<当たり>とあった。行き先も告げられず、目隠しされて連行された。

 アパートの一室に閉じ込められ、懸賞はがきを1日200通以上書き続ける日々が始まった。「服も食べ物も必要なら懸賞で当てろ」。裸一貫でスタートし、ドッグフードさえ食べた。でも、1年3カ月の懸賞生活で最もつらかったのは、誰とも話せない孤独だった。

 極限の状況で先のことは考えられませんでした。1秒生きたら、次の1秒を生きる。その積み重ね。一枚一枚はがきを書き続けた先には、懸賞が当たる喜びがありました。

 ――はがきを回収に来る番組スタッフに話しかけても無視された。裸で外に出れば逮捕されて家族に迷惑が掛かる。そう思うと逃げ出せなかった。生活の様子をテレビ放映されていることも知らされていなかった。98~99年に放送された番組は高視聴率を記録し、知らぬ間に有名人になっていた。懸賞生活の後には対人恐怖症になった。

 自殺すら考えながら生きていたのに、それを皆が笑って見ていました。人間は不幸を笑う生き物なんだと思いました。人間への不信感が募りました。

 ――世間のイメージと自分のやりたいことのギャップは大きかった。上京時に抱いた喜劇役者の夢をかなえるため2002年に劇団を結成した。でも、懸賞生活のイメージはぬぐえない。「人生の大失敗」と考えてきた懸賞生活への見方が変わったのは、11年の東日本大震災だった。

 ボランティアで訪れた避難所で被災者と話した。段ボールで仕切られただけの空間で暮らし、冷えたおにぎりばかり食べる苦境。自分の経験則で言ってみた。「周りに仲間がいるのはいい。懸賞生活では誰とも助け合えなかった。孤独ほどつらいものはない」。相手の表情が緩んだから続けた。「冷えたおにぎりも人間の食べ物だから大丈夫。僕なんかドッグフード食べたから」。暗い空気の避難所に笑い声が響いた。「私ももうひと頑張りしてみる」。力のこもった声が返ってきた。

 懸賞生活の経験が被災者の励みにつながるとは驚きでした。あの経験が生きたと思った時、やっててよかったと初めて思いました。

エベレスト登頂に成功した際のなすびさん=オフィスケイ提供

 ――被災者を勇気づけたくて、登ると決めたエベレストでも懸賞生活の経験が生きた。「はがきを書き続けた精神力が登山に通じる」とガイドが指摘した。

 多くの大物芸能人が多額の義援金や物資を届けていたのに、何もできない自分が情けなかった。登山未経験の僕がエベレストに登頂できたら、被災者が「私も頑張ろう」と思ってくれるんじゃないかと考えました。

 ――「売名行為」と批判される一方で、応援の声もあった。1回目の失敗後に1000万円近くかかる登山資金の調達に困っていた時、懸賞生活のプロデューサーがインターネット番組を作ってくれた。クラウドファンディングで600万円以上集まった。山の上で足が止まると「あの時に比べればつらくない」と一歩ずつ足を前に出した。その先に世界一高い場所があった。

 人生は何が起こるか分からない。懸賞生活は人生の最底辺だけど、あの経験があったから今の自分がある。痛みを味わってこそ、人生の選択肢が増える。1分1秒を大切に生きてきたことが、今につながっています。

なすび

 俳優・タレント。1975年生まれ。福島市出身。本名・浜津智明。懸賞だけで生活するテレビ番組の企画で有名に。東日本大震災後、福島の人々を元気づけようとエベレスト挑戦を続け、4度目の2016年春、登頂に成功。18年に「山の日アンバサダー」に就任した。「富良野自然塾裏磐梯校」で特別インストラクターも務める。

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