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エンタメ小説・今月の推し!

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作家の自負と円熟 語り口と描写の妙

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 乙川優三郎さんの『この地上において私たちを満足させるもの』(新潮社)は、積み重ねた歳月の物語。作家自身の人生と執筆生活に培われた自負と、心境が濃厚に匂い立つ。10月に出た『二十五年後の読書』(同)に引き続き刊行され、ある部分を引き継ぐ。前作の最後に出てくる本のタイトルと同じなのだ。それは筆力の衰えが目立ち始めた熟年作家が己に挑み、みごとに限界を突破した小説という設定だった。この一事をもっても乙川さんの自負を思うが、一方で、そんなことは些事(さじ)だと笑い飛ばしそうな円熟の心境も感じる。

 『この地上~』では71歳になる作家・高橋光洋による若き日の回想と、最小限しか世間と交わらない現在が語られる。故郷を捨て、怪しい大金を手にして世界を放浪した日々。若い作家が書けばワクワクする冒険行や、焦燥感に駆られる青春小説になりそうだが、本書では家族の相克も、人間のうさんくささも美質もみんな等価の出来事である。人生とは、こういうものでできていると言われているようだ。

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