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平成という時代

平成最後の年を迎えた。平成は、グローバル化やインターネットの普及を背景に社会が大きく変化し、価値観の多様化が進んだ時代だった。さまざまな変化を追うとともに、その先にある次代をどう描いていくべきか考えたい。

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第3部 変化/8(その1) 外の力、被災地支え

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企業経営者らを連れて大川小の旧校舎を訪れ、遺族の佐藤和隆さん(左)の話に耳を傾ける立花貴さん(中央)=宮城県石巻市で2018年11月22日、喜屋武真之介撮影
企業経営者らを連れて大川小の旧校舎を訪れ、遺族の佐藤和隆さん(左)の話に耳を傾ける立花貴さん(中央)=宮城県石巻市で2018年11月22日、喜屋武真之介撮影

 阪神大震災(1995年1月)と東日本大震災(2011年3月)という二つの大震災が起きた平成。水害や噴火災害も相次ぎ、この30年は「災害の時代」だった。災害が地域の課題を浮き彫りにする中、存在感を増したのが、災害ボランティアという地域の「外」から来た力だった。

 東日本大震災の津波で児童・教職員84人が犠牲になった宮城県石巻市の市立大川小。昨年11月22日、被災した姿のまま保存されている旧校舎を見て回る企業経営者らのグループがいた。

 「子どもたちは学校の管理の下で亡くなりました。この校舎は学校防災を学ぶための象徴として残しています」。グループを案内したのは、同小6年だった三男雄樹さん(当時12歳)を失った佐藤和隆さん(51)。案内を終えると「皆さんも職場では従業員の命を預かっていることを忘れないで」と呼びかけた。

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