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社説

次の扉へ 生命操作と人類 行き過ぎをどう抑えるか

 世界初の体外受精児ルイーズ・ブラウンさんは昨年40歳になった。当時の「自然の摂理に反する」といった言葉を耳にすることはもうない。

     日本では2016年に体外受精で生まれた子どもが全出生児の18人に1人に達した。彼らを特別視する人はもはやいないだろう。

     一方で、この時に開発された体外で卵子を扱う技術の応用は予想をはるかに超えて進む。最先端の遺伝子技術や幹細胞技術がこれに加わり、生命操作は加速し続ける。SFの世界の話だと思われていたことが、ある日突然、目の前に現れる。

     それを象徴する出来事が昨年11月の中国の研究者による「ゲノム編集ベビー誕生」の報告だ。

    ゲノム編集人間の衝撃

     女性の体から取り出した卵子と夫の精子を体外受精する際に遺伝子操作の最先端技術を使った。その結果、「エイズウイルス抵抗性」を備えた子どもが誕生したという。事実なら、生命の設計図を意図的に操作した人類の誕生という「パンドラの箱」が開いたことになる。

     私たちはこうした生命操作をどこまで許容するのか。何を基準に誰が線引きを決めるのか。これまで以上に重い課題が突きつけられている。

     中国のケースには批判が殺到したが、このままいけば、「子どもの遺伝性疾患の予防」を目的に遺伝子改変した人間の誕生を許容する国が出てくるだろう。

     その先に、外見や運動能力、知能など、親の好みの性質を備えた「デザイナーベビー」を望む声も出てくるはずだ。それが現実になった時、子ども自身はどう感じるか。遺伝子を編集した人間としない人間との間に格差が生まれることはないのか。

     生命操作を法律で厳しく禁じる国がある一方、規制が緩い国もある。先端技術が楽々と国境を超える今、一国の規制ではすまないという難しさもある。

     ゲノム編集をするまでもなく、遺伝子改変した人間が海外ではすでに生まれている、との見方もある。「ミトコンドリア置換」と呼ばれる技術で生まれた子どもたちだ。

     ミトコンドリアは細胞の核外にあり遺伝子を持つ小器官で母から子に伝わる。この遺伝子に異常があるとさまざまな障害が起きる。子どもが病気を受け継がないよう、健康な卵子で作った受精卵の核を異常を持つ女性の受精卵の核と入れ替えるといった方法を使う。

     結果的に子どもは両親と卵子提供者という3人分の遺伝子を受け継ぐ。子どもへの影響はもちろん、生殖細胞の遺伝子改変のハードルを下げる可能性も懸念される。

     生殖技術と臓器移植が手を携えるケースも登場した。慶応大チームは「子宮移植」の臨床研究を目指す。生まれつき子宮がない女性が、親族から子宮の提供を受け、自分の卵子を使った体外受精卵で妊娠・出産する。海外では実例があるが、母子の安全に加え子宮提供者の安全や心理的プレッシャーを考えないわけにはいかない。

    守るべき共通規範とは

     基礎研究ではヒトのiPS細胞(人工多能性幹細胞)から卵子や精子のもとになる細胞を作ることに京都大チームが成功している。研究が進めばiPS細胞由来の卵子や精子を受精させて子どもを作ることが原理的に可能になるかもしれない。だがそれは許されるのか。

     生命操作の線引きの難しさは生殖技術に限らない。動物の体内でヒトの臓器を作るための国の研究指針が今春できる。東大医科学研究所チームはブタの体内でヒトの膵臓(すいぞう)を作る研究計画をすぐに申請するという。

     臓器不足の解消につながるとの考えがある一方で、動物を「臓器工場」にすることに抵抗を感じる人もいる。ヒトと動物の境目とは何か。判断に不安を感じる人もいる。

     先端生命技術を開発してきたのは科学者たちだ。しかし、その流れを後押ししてきたのは人間の欲望でもある。「健康な子どもがほしい」「自分の遺伝子を受け継ぐ子どもがほしい」「健康に長生きしたい」。そうした願いは否定できないとしても、それを追求していった先に人類のどんな未来が待ち受けているのか。

     生命倫理の課題に普遍的な「正解」はない。時代によっても、文化的・宗教的背景によっても答えは変わる。だからこそ、場当たり的な対応をすべきでない。人間の欲望を抑えても守るべき共通の規範は何か。日本も世界も問われている。

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