堺の鉄砲、繁栄の歩み 鍛冶屋敷の絵図発見

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「工作部家」と書かれた鉄砲鍛冶屋敷の絵図の一部。銃の組み立てなどの作業が行われていたとみられる=2018年12月、矢追健介撮影
「工作部家」と書かれた鉄砲鍛冶屋敷の絵図の一部。銃の組み立てなどの作業が行われていたとみられる=2018年12月、矢追健介撮影

 江戸時代前期に建てられた鉄砲の生産現場として全国で唯一残る堺市堺区の鉄砲鍛冶屋敷について、絵図(平面図)が発見された。屋敷に残る約2万点の古文書の中から、市と関西大が見つけた。屋敷の変遷や具体的な製造場所も判明。研究者は「近世の鉄砲製造の実態は知られておらず、一級の史料だ」と評価している。市は2023年の屋敷の一般公開に向けた整備に反映させる。

 屋敷は約960平方メートルの敷地に主屋、座敷棟、道具蔵、俵倉などが建つ。1660年代には鉄砲鍛冶をしていたとされる井上関右衛門家が所有し、現在は市に寄贈されている。

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