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「貧困の街」東京・山谷に寛容を見た ノンフィクションライター・水谷竹秀さん

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=東京・山谷で、根岸基弘撮影
=東京・山谷で、根岸基弘撮影

 苦しそうな人、貧しい人にひかれるという。ノンフィクションライター、水谷竹秀さん(43)は13年間のフィリピン滞在中、現地で窮乏状態に陥った日本人を描いてきたが、帰国してからは東京の山谷地区に暮らす人々を追い続けている。なぜなのか。【藤原章生】

彼らを通して自分を書いている

 水谷さんは大学卒業が近づいても就職活動はしなかった。数々のアルバイトを経て、「何かしないと」と思ったときはすでに29歳。それまで通った東南アジアで記者になろうと履歴書を送ったら、フィリピンの邦字紙「日刊まにら新聞」から採用の通知があった。事件などを取材するうち、マニラに暮らす同胞に興味を抱くようになる。特に、金欠になり女性にも日本の身内にも見放され帰国もできなくなった年上の男性たち。そんな群像をまとめた「日本を捨てた男たち」(集英社)で2011年、開高健ノンフィクション賞を受賞した。出版社から注文が相次ぎ、フィリピン人女性にひかれて余生を現地で暮らす日本男性たちの哀歓をつづった「脱出老人」(小学館)と、バンコクのコールセンターで働く日本人を描いた「だから、居場所が欲しかった。」(集英社)を発表してきた。

 そんな水谷さんが最近、山谷に出入りしていると聞き、訪ねることにした。フォーク歌手、岡林信康さんが「山谷ブルース」でデビューしたのが1968年。山谷は出稼ぎや貧困の代名詞となり、多くの本が書かれてきた。水谷さんは帰国後の舞台として、地方でも渋谷でもなく、なぜ山谷を選んだのか。「フィリピンで窮地に追い込まれた日本人の取材をしていたときから日本の貧困問題をいろいろ勉強し、山谷の本も何冊かは読んでいたん…

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