SUNDAY LIBRARY

平松 洋子・評『芙蓉の干城』松井今朝子・著

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷

昭和八年、歌舞伎の背景に人間の情念を探るミステリー

◆『芙蓉(ふよう)の干城(たて)』松井今朝子・著(集英社/税別1650円)

 チョン、と柝(き)の音。

 テン、テン、と太鼓の響き。

 歌舞伎の世界へ招き入れられるなり、めくるめくミステリアスな展開。幕が下りる最後の一行まで目が離せない。

 舞台は昭和八年の東京。折しも日本は国際連盟を脱退、「非常時」の掛け声が高まり、世情はキナ臭い。二月、作家小林多喜二が獄中死。同月、ダミアのシャンソン「暗い日曜日」が厭世(えんせい)的な気分を助長するとされ、発売禁止。三月、三陸沖地震。世界に目を転じれば七月、ドイツでナチス一党独裁が成立。八月、東京で「東京音頭」が大流行したのはカラ騒ぎだったか。そしてミステリーの舞台、歌舞伎の殿堂・木挽(こびき)座には、今日も万雷の拍手が鳴り響く。

 千穐楽(せんしゅうらく)当日、歌舞伎界に君臨する六代目荻野沢之丞が至芸を披露するさなか、事件は起こる。さらに度重なる不可解な連続殺人。一連の事件の謎解きを担う桜木治郎は江戸歌舞伎の大作者の末裔(まつえい)で大学教授、前作『壺中の回廊』でもおなじみだ。築地小劇場の女優になった親戚の娘、澪(みお)子も事件に深く介入、百戦錬磨の警部や陸軍軍人を相手に丁々発止をみせる。

この記事は有料記事です。

残り1017文字(全文1559文字)

あわせて読みたい

注目の特集