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“腹が、減った…”『孤独のグルメ』が2010年代の私たちの心をつかんだ理由[平成食ブーム総ざらい!Vol.6]

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約30年続いた平成は、2019年の4月に終わりを迎えます。平成にあったさまざまな食のブームや事件を、昔懐かしいものから直近のものまで、作家・生活史研究家の阿古真理さん独自の視点で語っていただきます。

2010年代を代表する「食ドラマ」は…

皆さん、『孤独のグルメ』(テレビ東京系)はご覧になっていましたか?

私は2012年放送のシーズン1から録画しては観続けるファンでした…思わず「ですます」調で語りかけてしまった。

2018年6月末にシーズン7が終わってしまったのは本当に残念で、まだ最後の方の放送回をハードディスクレコーダーに残してある。もちろん、大晦日の特番も観ている。私のようはファンはたくさんいるだろう。何しろこの番組は、2010年代の食シーンを象徴するドラマだったから。

放送時間帯は午前0時台と深夜なのに、主演の松重豊が食べる場面は食欲をそそり、「飯テロ番組」との異名を取った。紹介された店は、その後行列ができると噂になったなど、さまざまな逸話も誕生している。そしてその後、松重豊は食べもののCMによく出演するようになった。

1話完結の物語は、フリーの輸入雑貨商の井之頭五郎(松重豊)が、首都圏を中心に全国各地に赴いて商談をしたのち、お腹が空いて店を探し、独りでおいしい食事を満喫するというだけの話だ。
行先は郊外など地味めな町が中心で、五郎は土地勘がない。しかし、「落ち着け!」と言い聞かせながら毎回自分が何を食べたいのかよく考え、勘を働かせて求める店を見つけ出す。下戸で「猛烈に腹が空いている」設定なので、二人前や三人前の料理を頼んで平らげてしまう。

例えば、東急東横線・中目黒の沖縄料理店で、ソーキそばとアグー豚の天然塩焼きを食べる。静岡県・河津町の食堂で生ワサビ付わさび丼を味わう。山手線・高田馬場のミャンマー料理店で、シャン族の豚高菜漬け炒めと牛スープそばを食べる。地下鉄副都心線・小竹向原のベーカリーカフェで、ローストポークサンドイッチとサルシッチャを堪能する。肉の出現率は高いが、和食に洋食、アジア飯などジャンルは幅広い。辛いものも得意なようで、ブータンの激辛料理に挑戦したり、四川料理を楽しむときもある。

番組が人気になったのは、松重豊の姿勢がよく、清潔感を漂わせながらおいしそうにパクパク食べるところにもあったのだろう。しかし、最大の魅力は井之頭五郎という独身を貫くキャラクターが、あえて「誰にも邪魔されず」独りで食べる楽しみに没頭するところにある。そしてその設定こそが、2010年代らしいのである。

『美味しんぼ』と対照的な『孤独のグルメ』

『孤独のグルメ』はもともと、1994年~1996年に『月刊PANJA』(扶桑社)で連載されたマンガだ。久住昌之原作、谷口ジロー作画。20年も経って再発見され、ヒットしたのは、作品世界が時代にぴったり合っていたからと言える。

なぜ2010年代的かは、1985(昭和60)年から連載が始まり、平成にかけて一世を風靡したマンガ『美味しんぼ』と比較するとよく分かる。「究極のメニュー」制作のために料理を探求する『美味しんぼ』は高級料理や貴重な食材を使った料理が目立ち、流行したうんちくも美食を食べつくした人々のもので、啓発的な要素が強い。
表層的なグルメブームに対する批判として始まった物語では、ジャーナリスティックな視点から食の背景も紹介する。毎回、何らかの問題を抱えた人が登場し、食で解決するウエスタン的な要素もある。

一方、『孤独のグルメ』で井之頭五郎が行くのは、町にひっそりあるふつうの、しかし真摯に仕事に取り組む店だ。味についての感想は五郎の心の声として紹介されるが、ダジャレを含めたそのセリフは、「焼肉は順序だ。頼む順番で勝敗が決まる」といったおいしいもの好きな男性なら言いそうな普通のセリフである。庶民派グルメのドラマが成立するのは、『美味しんぼ』開始から30年以上経ち、特に東京が世界に冠たるグルメ都市として成長したことが大きい。

『孤独のグルメ』は「おひとり様」ブームの走りだった

最大のポイントは、五郎が一人飯を満喫する点にある。2006年に放送された連続ドラマ『結婚できない男』(フジテレビ系)では、主役の阿部寛が一人焼き肉をする場面で、こっそり見ていた天海祐希らが気持ち悪がる場面がある。「おひとり様」という言葉が広まったこの頃は、シングルの市民権がようやくできたばかりだった。

しかし、五郎は一人鍋も一人焼き肉も自然体でこなす。10年ですっかり時代は変わり、シングルが一人を楽しむ姿が町になじむようになった。家族がいる人も生活時間帯が揃わず、職場での食事時間もまちまちなところが多くなり、日常生活の中で一人で食べる場面は珍しいものではなくなったのである。とはいえ、わざわざ「孤独の」としたタイトルがウケるのは、そうはいっても、一人が楽しいことをあえて主張しなければならないからでもある。

シングル化が進んだ平成は、一人飯が楽しいものだと発見するところまで至った。次の時代の食卓は、どんな風景が当たり前になるのだろうか。


阿古真理(あこ・まり)

Dac2a396eb6f2a4d1a2180992f7d52af ©坂田栄一郎 1968(昭和43)年、兵庫県生まれ。作家・生活史研究家。神戸女学院大学卒業。食や暮らし、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『小林カツ代と栗原はるみ』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』『パクチーとアジア飯』など。


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