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トリノ王立歌劇場正面

 冬、寒さが厳しくなってくると思い出す、イタリアの街がある。

     トリノ。イタリア北西部、ピエモンテ州の州都であり、フランスとの国境に近い瀟洒(しょうしゃ)な街だ。日本人には、女子フィギュアスケートの荒川静香選手が金メダルを獲得した2006年の冬季オリンピックで名前が知られるようになった街ではないだろうか。車好きなら、イタリア一の自動車メーカー、フィアットの街といえばピンと来るかもしれない。

     なぜ、冬になるとトリノを思い出すのか。

     寒い夜更けに、カフェに駆け込んですすった、熱々のチョコレート。トリノと結びついている記憶のいちばんが、それだからだ。

     トリノは、冬の街である。壮麗で、静かな。

    トリノ中心部にあるサボイア王家の王宮

     トリノはまずもって「北」の街である。アルプスも程近く、天気のいい日は街からアルプスの山並みが望める。前回ご紹介したシチリア島のカターニアとは別世界。日本同様、イタリアも南北に長い国なのである。

     トリノは長い間、サボイア家が統治するサボイア公国(のちのサルデーニャ王国)の首都だった。領地は時にフランスやスイスにまたがっていたので、言葉はフランス語に近く、心なしか優しくひびく。ローマ帝国時代にさかのぼるという都市計画のおかげで街は整然とし、碁盤目に通りが走る。通りが碁盤目なのはカターニアもそうなのだが、渋滞している車列の隙間(すきま)から爆音とともにバイクが飛び出してくるカターニアと、車が多い時間帯でもクラクションの騒音にかき乱されることの少ないトリノは、やはり別の国だ。

     「イタリアらしくない」トリノだが、実はイタリアの歴史で重要な役割を果たした街でもある。1861年にイタリアが統一された時、最初に首都となったのがトリノだった。イタリア統一を牽引(けんいん)したのがサボイア家だったからである。街の中心部には、瀟洒な王宮や、イタリア統一当時、国会議事堂として使われたカリニャーノ宮殿といった歴史的建築物が並び、世界遺産に指定されている。

    郊外のグリンザーネにある、イタリア統一当時ののサルデーニャ王国宰相カヴールの城

     トリノは美食の街としても知られるが、代名詞的な存在がチョコレートだ。16世紀にスペインから持ち込まれて宮廷を魅了し、17世紀には一般製造が許されて、トリノは「チョコレートの都」になる。固形のチョコレートもトリノで生まれたが、なかでも有名なのは「ジャンドイオッティ」という、ヘーゼルナッツなどのナッツ類のペーストを練り込んだもの。イタリアの伝統的な演劇「コメディア・デラルテ」の登場人物がかぶる帽子を模したという横長の三角形をしていて、空港の免税店などでもよく見かける。

     だが現地に行かなければ味わえないのがホットチョコレート、つまりココアだ(イタリア語で「チョッコラータ」)。温度計が零下を指し、雲と霧がたれ込める冬の1日に、カカオをそのまま溶かしたような濃厚なホットチョコレートほど心身を生き返らせてくれる飲み物はない。オペラの前の一杯のチョコレートは、トリノに行った時の必需品である。

    トリノ名物のホットチョコレート

     トリノ王立(レージョ)歌劇場は、長い歴史とイタリア屈指のレベルを誇る劇場である。創設は1740年。19世紀の末には名指揮者アルトゥーロ・トスカニーニが指揮者をつとめ、プッチーニの「マノン・レスコー」や「ラ・ボエーム」を初演し、オペラ史に大きな足跡を残した。だが劇場は1936年に焼失。長い空白を経て1973年にようやくカルロ・モリーノの設計による現在の劇場が完成し、開場にこぎつける。こけら落としはヴェルディの「シチリア島の夕べの祈り」で、歌手を引退していた世紀のソプラノ、マリア・カラスと、彼女の恋人でもあったテノール歌手のジュゼッペ・ディ・ステファノが演出を担当し、名匠ヴィットリオ・グイが指揮したことで話題となった。

     しかし公演のレベルはなかなか安定しなかった。評価が高まったのは、2007年から18年まで音楽監督をつとめた指揮者、ジャナンドレア・ノセダのおかげである。オーケストラの能力が飛躍的に向上し、歌手も適材適所のキャスティングがされるようになった。ノセダ時代には来日公演も2度行われ、とりわけフランスの名花ナタリー・デセイが圧倒的な演唱を披露した「椿姫」と、トリノで初演されたゆかりの演目で、ノセダの友人でもある名歌手バルバラ・フリットリら豪華なキャストをそろえた「ラ・ボエーム」を披露した初来日公演(2010年)は評判になった。その後現地でコンサートマスターにインタビューした時、来日公演について「眠りを覚まされたような刺激的な体験だった」と語っていたことが印象に残っている。

    歌劇場の客席

     王立歌劇場は、トリノの中心、王宮広場の一角にある。広場はアーケードで囲まれ、正面は隣の建物とつながっているので、それと知らないと通り過ぎてしまう。だが歌劇場内部は、ホワイエともどもひろびろとしたスペース。客席は扇形をしていて、1754席を数えるどの席からも舞台がよく見える。ほとんどが平土間席で、桟敷席は天井に近いところに宙に浮くように1列だけ設けられているのもユニークだ。白い円筒形の電球をつららのように下げたシャンデリアが、赤い客席と鮮やかなコントラストを作っているのも、印象的である。

     トリノ王立歌劇場では、数々のイタリア・オペラに接することができた。とりわけ、2013年にヴェルディ生誕200年を記念して上演された「ドン・カルロ」は、ノセダの情熱的な指揮のもと、フリットリ、バルチェッローナ、テジエ、アブドラザコフ、ヴァルガスら豪華キャストが、ウーゴ・デ・アナ演出の重厚な舞台に集った、忘れがたい公演となった。別の年にシーズンの開幕公演を訪れた際、観客のシックな装いや、ホワイエでの豪勢な振る舞い酒に目を見張ったのも素敵な思い出になっている。

    「ドン・カルロ」から、バルバラ・フリットリ(エリザベッタ)とルドヴィク・テジエ(ロドリーゴ)=2013年4月トリノ王立歌劇場 (C)Teatro Regio Torino

     別の意味で忘れがたい出来事に遭遇したのは、ある時の「椿姫」の公演でのことである。

     アクシデントは、第3幕のヴィオレッタのアリアの最中に起こった。死を前にしてわが身を嘆く悲痛なメロディーが山場に達した瞬間、ばたん!と客席で音がしたのだ。おそらく、プログラムかなにかを床に落とした音だろう。

     高く掲げられていたノセダの手が止まった。赤く上気した顔がゆっくりと客席を向き、怒りをたたえた鋭い視線が飛んできた。

     ざわつきが一気に引いた。完全に静かになったのを確かめてから、ノセダは再び音楽に戻った。そこからがすごかった。ノセダの心遣いに感応したのだろう、ヴィオレッタ役エレナ・モシュクの絶唱にスイッチが入ったのだ。それは、アスリートが突然記録を塗り替えるような瞬間だった。アリアの最後の音は、永遠に終わらないと感じられるほど長く、観客の心に刺さってきたのだった。

     イタリアらしくないトリノでも、オペラハウスではこういうことが起きる。やっぱり、イタリアの劇場はやめられない。

    公式サイト

    https://www.teatroregio.torino.it/

    筆者プロフィル

     加藤 浩子(かとう・ひろこ) 音楽物書き。慶応義塾大学、同大学院修了(音楽学専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学留学。バッハとイタリア・オペラをテーマに、執筆、講演、オペラ&音楽ツアーの企画同行など多彩に活動。著書に「今夜はオペラ!」「ようこそオペラ!」「オペラ 愛の名曲20選+4」「名曲を生みだした女性たち クラシック 愛の名曲20選」「モーツァルト 愛の名曲20選」(春秋社)、「バッハへの旅」「黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ」(東京書籍)、「人生の午後に生きがいを奏でる家」「さわりで覚えるオペラの名曲20選」「さわりで覚えるバッハの名曲25選」(中経出版)、「ヴェルディ」「オペラでわかるヨーロッパ史」「音楽で楽しむ名画」(平凡社新書)。最新刊は「バッハ」(平凡社新書)。

    公式HP

    http://www.casa-hiroko.com/

    ブログ「加藤浩子のLa bella vita(美しき人生)」

    https://plaza.rakuten.co.jp/casahiroko/

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