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黒字廃業防ぐ事業承継 インバウンドM&Aが救世主の可能性
一昨年末まで大手IT企業で国内外のM&A、合弁事業などの業務に長年従事してきた。自らM&Aを手掛けた英国の子会社に赴任した際には、その会社が債務超過に陥り、約3年をかけて事業再生に取り組んだ。このことがきっかけで、帰国後、中小企業診断士の資格を取得した。退社後は、中小企業の事業承継や事業再生などに取り組んでいる。
現在、中小企業経営者の高齢化が進んでいる。2025年には約245万社で経営者の年齢が70歳を超え、このうち約127万社が後継者未定と言われており、日本に存在する企業約380万社のうち、実に3分の1が後継者未定ということになる。後継者が決まらず廃業が増えてくると、そこで働く人達の雇用が失われ、日本経済全体に大きなダメージとなるのは明らかである。
後継者への事業承継を促進するため、18年の税制改正で、株式の贈与・相続に対する納税猶予制度が大幅に改善され、親から事業を承継する際の課税を全額猶予することが可能になった。しかし、親族承継は急速に減少傾向にあり、ここ10年でみると既に親族間での事業承継は4割を切っている。この傾向が税制優遇措置で逆転するとは考え難く、親族外(従業員や第三者)への事業承継を促進することが急務となっている。
既に行政が中心となって各都道府県単位で事業承継支援ネットワークが構築されており、この枠組みを通じて、行政、金融機関、民間支援機関、士業の専門家(中小企業診断士、弁護士、税理士など)が連携する仕組みが形になってきている。膨大な数の後継者不在企業への支援は、待ったなしの状態であり、支援に取り組む専門家の人材層の拡大も急務である。
親族内に後継者が不在の場合には、次の三つの手法で親族外への事業承継を検討することになる。
(1)従業員承継
長年、経営者と一緒に仕事をし、会社の経営理念や業務内容を熟知した役職員が会社の経営を引き継いでくれることができれば、有力な選択肢となり得る。一方で、資金力のない役職員が会社の株式を購入するには相当高いハードルがある。また、経営者の保証で会社が銀行借入を行っている場合には、借入保証債務を引き継ぐことができるかという問題もあり、そう簡単には解決できないケースが多い。
(2)経営者を外部から招へい
現経営者が株式を所有したまま、外部から経営者を雇い入れて社長業を引き継ぐというケースもある。所有と経営を分離することになるので、引退する経営者は、日々の事業運営を他人に任せることができる一方で、株式は所有したままなので、最終的に株式を誰に引き継ぐのかという課題は先送りとなる。
(3)株式を第三者へ譲渡(M&A)
M&Aは、会社の株式もしくは事業資産を第三者へ譲渡し、会社の経営も第三者に承継する形になる。国内市場の成熟化に伴って、M&Aによる成長を目指す企業が増えており、中小企業とは限らず、上場企業や非上場で比較的規模の大きい企業なども中小企業をターゲットにしたM&Aに取り組んでいる。また、売り手である中小企業経営者の間でも、M&Aを「身売り」として毛嫌いする風潮が徐々に薄らいできたことも、追い風となると考えられる。
上記の点から、M&Aが後継者不在の企業にとって、今後、ますます重要な事業承継の手段となっていく。一方で、M&Aの難しさはマッチングにある。後継者不在の企業数が膨大な数に上ることを考えると、買い手企業が国内企業だけでは不十分だと考えられる。
M&Aを行う買い手企業が目指すのは企業の成長であり、買い手と売り手企業が一つの企業グループとなることで、1+1が2以上になることを目指すのが基本戦略である。お互いの顧客を共有することで売り上げを増やしたり、仕入れ量を増やして仕入れ価格を減らしたり、さまざまな統合効果が期待できるのがM&Aである。
ところが、国内企業同士がM&Aで統合されても、市場全体が伸び悩む中では、1+1が2以下になるということもあり得る。国内市場のみの視点でM&Aの統合効果を考えても、経済合理性から判断すると難しいケースもある。
このような状況を考えると、外国企業による国内中小企業のM&A投資(インバウンドM&A)についても事業承継対策の加速という観点から考慮していく必要があるのではないか。実際、経済産業省でも中小企業のM&Aのデータベース(売り手企業の情報)を、海外企業にも提供することで、中小企業の廃業を防ごうとする動きがある。インバウンドM&Aが事業承継問題に対して救世主となる可能性を秘めているのではないか。
例えば、日本企業がもっていないインバウンド(訪日)顧客を有する企業が、後継者のいない日本企業を買収することにより、国内企業同士では得られない大きな成長機会を獲得できる可能性が考えられる。また、優良な技術や製品をもっていても日本国内の市場だけでは事業継続は難しく、廃業せざるを得ない中小企業が、海外企業からの資本参加によって、海外市場における販路を獲得し、事業を継続できる可能性もある。
インバウンドM&Aが今後どれだけ伸びてくるかはマクロ経済環境や投資規制などさまざまな投資環境に依存することになるが、JETRO(日本貿易振興機構)によると、17年の対日直接投資残高は28.6兆円と4年連続で過去最高を記録し、名目GDP比では5.2%だ。しかし、OECD(経済協力開発機構)によると、米国で40%台、英国で60%台に上り、日本はまだまだ低い水準にある。法人税率の引き下げや、昨年12月の入国管理法改正などで徐々に改善しつつあるが、今後も更なる投資環境の改善が望まれる。
投資環境に加えて、インバウンドM&Aのボトルネックとなり得るのが、国内企業の経営者や従業員の抵抗感だ。言葉や文化風習の違いに加えて、「外国企業はすぐリストラを行う」とか「技術を盗むことしか考えていない」といった懸念も耳にすることがある。だが、外国企業といってもさまざまで、一概に「外国企業」という括りで同一視する見方には筆者は違和感を持っている。例えば、雇用には非常にドライだとみなされている米国においても、長期雇用を重視している企業もある。企業それぞれに文化や経営スタイルがあるので、あまり先入観を持たずに外国企業と向き合うことが今後必要になってくるのではないか。
長年、日本における「グローバル化」は、輸出入や企業の海外進出という視点が中心であったが、今後は人材や資本の流入による「国内市場のグローバル化」という方向に向かっていくであろう。これらの環境変化を機会として、どのように企業戦略に生かせるか。事業承継に向き合う企業経営者ばかりでなく、それを支援する専門家にとっても重要な課題である。
ながやま・のぶかず 1957年北海道小樽市生まれ。81年北海道大文学部卒。03年英国Warwick大経営学修士(MBA)取得。富士通で経営企画、M&A等の業務を担当、米国・欧州・アジア・中国においてM&A、合弁事業などに従事。英国に5年間駐在し子会社の経営管理に従事。帰国後は、国内外におけるM&A案件におけるプロジェクト責任者などを歴任。17年12月退社し個人事務所を設立。中小企業診断士、事業承継士。著書「専門家のための事業承継入門」(共著、ロギカ書房)。