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アメリカの介護士の現状(3)不法移民なしでは成り立たない社会構造

「介護士の仕事に誇りを持っている」と話すテリー=ロサンゼルスで2018年11月

 私は現在、フルブライト奨学金のジャーナリストプログラムで南カリフォルニア大学に在籍し、移民の家事労働者の研究をしています。家事・育児を家族以外の人が担うことが、これまで家事労働の主な担い手となってきた女性の生き方にどのように影響しているかを研究しています。アメリカでは多くの移民が家事労働に関する仕事をしているので、移民の方のそれぞれのストーリーを聞く日々です。研究の意義・目的は多岐にわたります。キーワードを挙げるとすれば、▽移民▽家事▽育児▽介護▽高齢化社会▽ケアサービス▽女性▽未来の働き方――といったところでしょうか。

     今回は、アメリカで在宅介護を担う移民介護士に関する3回目のリポートです。これまでロサンゼルスで取材したフィリピン人介護士のそれぞれのストーリーは、重なる部分があっても、一つとして同じものがありませんでした。同じ「移民介護士」というテーマですが、今回は、「不法移民」の介護士だったテリーのストーリーです。

    テリー・ビランザーさん(59)「介護士が唯一の仕事だったから」

     テリーは2011年からアメリカで約8年介護士をしています。6人の子を持つシングルマザーで、フィリピンでは会社員として働いていましたが、生活苦を抜け出すために1人でアメリカ・ロサンゼルスにやってきました。

     しかしアメリカではこれまでの経験は何の役にも立たず、人手不足の介護士が唯一の選択肢でした。「生きるためには、文句を言っていられない時があるでしょう。介護士をやったことがなかったけど、とにかくこの世界に飛び込むしかなかったの」

    ドッグフードを食べて……

     テリーは仲介業者を通じて、ある女性クライアントの介護を住み込みですることになりました。しかし初対面の時はとても親切に見えた女性は、雇用1日目で態度を急変させ、テリーに冷たく話しかけるようになりました。

     女性の身の回りの世話だけでなく、犬2匹の散歩、女性へのマッサージなども仕事であるとされ、テリーは朝から夜中の2時まで何も食べられない日が何日もあったといいます。そもそも食事もテリーの分はなく、残り物があれば、それを食べるしかありませんでした。

     さらに女性は、テリーの動きが鈍いと「何しているの」などと大声をあげるようになり、最終的にテリーに手を上げるようになったといいます。働きはじめて22日目、空腹の限界からドッグフードに手を出したテリーは「このままでは身が持たない」と考え、そのまま警察に通報しました。

    「不法移民」には選択肢がない

     テリーはこの女性から逃げ出すことはできましたが、仲介業者にパスポートを取り上げられていたため、オーバーステイの「不法移民」になってしまいました。この業者からは「あなたはアメリカに来るために私たちに借金している」と言われ、ここを通じて仕事を得るしかありませんでした。その後の派遣先でも、1日90ドル、6カ月間、一日も休みなく働き続けました。肉体的、精神的にも限界を感じたテリーは、取り上げられていたパスポートをこっそり取り返し、派遣先から脱出しました。

     「不法移民であると、悪い条件でものむしかない。パスポートを取り上げて不法移民にさせるケースもあれば、不利な立場の不法移民をあえてリクルートする業者もいる」とテリーは説明します。ロサンゼルスは、不法移民に寛容な政策をとる「聖域都市(サンクチュアリシティー)」です。しかしテリーは「現実には、『あなたの立場を守るから』などと言って、介護士に不法移民であるか否かを尋ね、不利な立場を利用して過酷な労働環境に送り出す仲介業者が存在する」といいます。

    「不法移民」も移民も同じ

     テリーが経験した出来事はいずれも「人身売買」であると認められ、昨年4月、テリーは移民ビザを取得し、「不法移民」ではなくなりました。何が変わったのかを尋ねると、「何も変わらない。仕事の仕方も、税金の払い方も全く同じ」とテリーは即答しました。「アメリカは介護だけでなく、農業や建設現場、不法移民がいなければ成り立たないような社会構造で、不法であっても税金は納めなければならない仕組み。そうでありながら、多くの人がその現実を無視している。『不法移民』ということだけに焦点を当てて待遇の悪い扱いをするのはおかしい」と指摘します。

    声にしていくことが変化への第一歩

     テリーは現在、勤めて4年になる高齢者夫婦宅で1日12時間働いています。クライアントの夫婦はテリーに好感を示し、「自分たちの最期まで一緒にいてほしい」とお願いされているほどです。ドッグフードに手を出さなければいけなかったテリーにとって、このクライアントとの出会いはとても大きなものでした。ただ、月日を重ねるごとに「サービス」の作業が増えるようになっています。2人の介護に加え、今は料理、テリーの車を使っての病院への送り迎え、草むしりもしていますが、労働賃金は4年前から変わりません。

     テリー自身も年齢を重ねていく中で、仕事がきつくなっています。「『人間』として見てもらえなかった過去から比べれば、雲泥の差だけれど、人間扱いをするのは当たり前であって、それだけでは足りない。人間であるということは、その仕事に見合った対価を支払うことだと思う」。テリーは今このクライアントと仕事内容や賃金について話し合いを進めており、クライアントは理解を示してくれているといいます。「低賃金で働く人たちは、仕事を失うことを恐れてみな黙ってしまう。でも声にしていかなければ状況は伝わらない。勇気が必要だけど、まず声をあげていくことが変化への第一歩だと思う」

    常に新しいことを学び続けたい

     介護士としてさまざまなことを経験したテリーですが、テリーはこの仕事が大好きで、誇りを持っているといいます。そして、介護士として一番大変なことは何かを尋ねると、「常に新しい技術を自分から学んでいかなければいけないこと」だという答えが返ってきました。テリーは休日、介護士の権利獲得を目指す団体の活動のほか、介護技術の講座に参加したり、インターネットで老齢学の勉強をしたりしています。

     「命を扱う現場で必要な技術は日々進歩している。アンテナを張って常により良い技術を自分で勉強しなければいけないのが一番大変。でも私自身、常に新しいことを学び続けたいの」

    介護士の権利擁護を目指す団体のイベントでフィリピンの伝統ダンスに参加したテリー(左から4番目)=ロサンゼルスで2018年11月

     過去に暴力を受けた時のことを話すテリーは声が震え、うつむきがちでしたが、介護士としての自分の未来について話すテリーの目には、プロ意識の高さが表れていました。【石山絵歩】

    石山絵歩

    1984年、東京都生まれ。上智大卒業後、2008年に毎日新聞社入社。岐阜・愛知県警、東京地検担当を経て、東京地・高裁で刑事裁判を担当。事件取材の傍らで、経済連携協定(EPA)によって来日したフィリピン・インドネシアからの看護師、介護士候補生などの取材を続ける。2018年8月よりフルブライト奨学金ジャーナリストプログラムでUSCにて研究中。

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