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第94回センバツ高校野球

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東邦 平成最後の春に 30年後の君たちへ/1 「人間力」を磨いて 元マネジャー・袴田克彦さん(47) /愛知

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 <第91回選抜高校野球>

 平成元年の1989年センバツ決勝で延長十回の末にサヨナラ勝ちし、劇的な優勝を果たした東邦。あれから30年。「平成の初めと終わりを優勝で飾るのは自分たちしかいない」と意気込むナインに、平成元年の優勝メンバーからアドバイスを送ってもらった。30年後の君たちへ--。

 --マネジャーになった経緯は。

 当時は女子部員がいなかった。夏が終わり、新チームとしての練習が始まった日に、当時部長だった和田悟さんから呼ばれマネジャーをやるようにと言われた。

 --どんな気持ちでしたか。

 誰かがやらないといけないことだし、やるなら自分なんだろうと何となく思っていたけれど、選手としての道が断たれるというのは複雑だった。

 --仕事の内容は。

 グラウンドの整備や道具の準備、移動のためのバスドライバーへの連絡など。せっかくなら、監督やコーチが何を考えているのかを常に先読みして、練習がスムーズにできるようにと心がけていた。

 --マネジャーをしていて良かったと思ったことは。

 やっぱり、センバツで優勝した時。周りから「日本一のマネジャーだ」と言ってもらえて、初めてこの仕事をやっていてよかったと思えた。

 --決勝では延長十回、1点のリードを許す不利な展開からの逆転勝利となった。

 1-2で迎えた延長十回。2死から四球と内野安打で2死一、二塁となり、原浩が詰まりながらも中前打を放って同点に追いついた。最後は相手の送球ミスで優勝を決めた。まだ、マネジャーがベンチに入ることはできなかった時代。アルプスの最前線で応援しながら、甲子園の魔物じゃないけれど、自分たちではどうすることもできない力が働いていると感じた。

 --どうして勝利の女神は東邦にほほ笑んだのでしょう。

 甲子園で優勝するには、技術だけではなく、人間力が求められると思う。前の年のセンバツで準優勝したメンバーは決して強いわけじゃなかったけれど、決勝まで行けたのは人間力があるからだと、先輩を見て学んだ。自分たちの代は、力のある選手が多かったけれど、おごらず、先輩たちのようにレギュラーは控えに感謝して、控えはレギュラーのために力を貸してやろうという姿勢を大切にしていた。そういう信頼関係と、努力してきたという自信が勝利をたぐり寄せたのだと思う。

 --今年のチームの印象は。

 自分たちの時以上に打力もすごいし、技術もある。だからこそ対戦相手や審判、応援してくれる人への感謝の気持ちを忘れずに試合に臨んでほしい。

 --最後に現マネジャーにひと言。

 毎日の仕事は本当に大変だと思う。でも、野球部の一員ということを忘れずに、選手を支えてほしい。【聞き手・高井瞳】


 ■人物略歴

はかまた・かつひこ

 1990年3月東邦高を卒業。青山学院大に進学し、野球部でマネジャーを務める。93年に全日本大学野球選手権大会でチームが優勝。日米大学野球選手権大会オールジャパンのマネジャーに選ばれる。学校法人東邦学園に就職、2001年から06年まで東邦大野球部監督を務める。

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