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第103回全国高校野球選手権

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起こせ啓新旋風

センバツ2019 創部7年の歩み/上 荻原昭人校長 父の夢継ぎ一から挑戦 /福井

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野球部1期生から贈られたボールを手に持つ啓新の荻原昭人校長=福井市文京4の同校で、塚本恒撮影 拡大
野球部1期生から贈られたボールを手に持つ啓新の荻原昭人校長=福井市文京4の同校で、塚本恒撮影

積み上げた苦労、今に

 1月25日、啓新の荻原昭人校長(52)はセンバツ出場決定の電話を受け、部員たちが待つ体育館へ足早に向かった。脳裏に浮かんだのは、野球部1期生が3年生で迎えた2014年夏の福井大会で、敗退して涙を流した光景だった。「先輩部員らが積み上げた苦労があって今がある」。胸にこみ上げるものを感じていた。

 野球部創部のきっかけは荻原校長の父、芳昭前理事長の一言だ。啓新は元々女子高。男女共学を実施した1998年の春、熱烈な阪神ファンだった芳昭さんはナイター中継を見ながら漏らした。「いつか野球部を作れたらいいな」

 創部は夢のまま、芳昭さんは2009年に亡くなった。荻原校長は「父の言葉は心のどこかにずっと引っかかっていた」と振り返る。しかし、理想の指導者にはなかなか巡り合えなかった。

 11年夏、夢が実現に向けて一気に動き出す。荻原校長は知人を介して、東海大甲府(山梨)を11度甲子園に導いた名将、大八木治さん(65)に出会った。「野球を通じて人間を育てたい」と大八木さん。この教育理念に突き動かされた。「この人なら任せられる」。12年4月、大八木さんを初代監督に招き入れ、硬式野球部が誕生した。「5年以内に甲子園」とぶち上げた。

 だが、高校のグラウンドは狭く、野球部が練習できるスペースはない。県内外から集まった1期生部員16人は、公営の野球場や近隣の大学グラウンドを借りて練習を重ねた。初年度の大会は全員がベンチ入りしたため、スタンドには、応援を引っ張る生徒が見当たらなかった。荻原校長自らがメガホンを持ち「気持ちで負けるな」と声を張り上げた。「大会にも行ったことが無かったので、どうやって応援したらいいのかも分からなかった」。無我夢中でエールを送った。

 校長室には今も1期生から贈られたボール型の置物が飾られている。そこに書かれているのは「可能性への挑戦」という高校のスローガンだ。一からの挑戦でつかんだ甲子園への切符。荻原校長はこうつぶやいた。「これからは甲子園に向けて最高の準備をしたい。これも挑戦です」

◇   ◇

 周りに支えられながら苦難を乗り越え、創部7年目で甲子園出場を決めた啓新。チームの歩みを振り返る。

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