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クトゥーゾフの窓から

北の島々は(4) ロシアが期待する「多極化秩序の支柱・日本」 平和条約交渉もう一つの底流

1回目の平和条約交渉に臨む河野太郎外相(左)とラブロフ露外相=モスクワのロシア外務省で2019年1月14日、大前仁撮影

 日露外相は2月16日、ドイツの南部ミュンヘンで会談し、1月に続いて2回目の平和条約交渉に臨んだ。どこまで突っ込んだ話し合いをしたのか定かではないが、ラブロフ露外相は会談後に「クリル諸島(北方領土)が第二次大戦の結果としてロシア領になったことを認めるべきだ」との考えを繰り返しており、双方の立場に大きな隔たりが残されているのは確実だ。ロシア国内の世論調査でも7割が引き渡しに反対しており、安倍政権が望んでいた今年6月までの「大筋合意」は難しくなっている。

 一方でロシアの外交や安全保障の専門家からは、日露間の問題として捉えるだけではなく、急速に変化する国際情勢に照らし合わせ、より広い視点から平和条約問題を考えようとする意見も出ている。その底辺にはロシアが2014年3月にウクライナ南部のクリミアを一方的に編入したことにより、欧米諸国との関係を決定的に悪化させたことがある。過去5年のロシアは中国との経済関係にとどまらず、外交でも関係を密にさせてきた。一方で「中国のような友好国が相手でも、過度の依存関係には陥りたくない」(カーネギー平和財団モスクワセンターのドミトリー・トレーニン所長)との声も聞かれる。そのためロシアは東アジアで中国とのバランスを保つ役割として、これまで以上に日本に価値を見いだそうとしているのだ。

「日本に求めるのは米国からの自立」

 「ロシアは今後の国際秩序が多極化されていき、10近くの国が自立した戦略的な大国となっていくとみなしている。その中で経済的な力を持つ日本も、中心的な役割を果たす国の一つとなるかもしれない。ロシアとしては国際社会で強固な(政治や軍事)ブロックを作られたくないことから、日本が(米国から)自立した外交を展開することを望んでいる」。モスクワ国際関係大のアンドレイ・スシェンツォフ国際研究センター所長はこのような論を展開する。

モスクワ国際関係大のアンドレイ・スシェンツォフ国際研究センター所長=モスクワで2019年2月15日、大前仁撮影

 ロシアが日本との平和条約を検討していくうえで、米国から一定の自立性を求める言動は、プーチン大統領自身も発してきた。例えば昨年12月の記者会見では、玉城デニー沖縄県知事や住民の反対にもかかわらず、名護市・辺野古沿岸部の埋め立て工事が始まったことを取り上げ、「日本の主権のレベルを疑ってしまう」とも皮肉ってみせた。

 スシェンツォフ氏の話に戻る。「平和条約とは政治日程に左右される問題ではない。もしくは議会選を前にした得点稼ぎでもない」と強調。今年7月に参院選を控え、安倍政権が平和条約交渉の「大筋合意」を狙っていた姿勢を批判する。氏が唱えるのは「平和条約交渉は戦略的な観点から解決を図らなければならない」という「正論」だ。

 スシェンツォフ氏は日本の姿勢について、欧米諸国と共に対露制裁を実施し、米国による中国通信機器の最大手・華為技術(ファーウェイ)の除外に賛同したと指摘する。さらに、一時期のトランプ政権が北朝鮮への武力行使の選択肢を掲げていたことに賛同していたという見解を加えたうえで、「規律正しい米国の同盟国であることが証明された」とも話す。つまり日本が米国一辺倒の外交を続けていく限りは、ロシアとして平和条約を結べないとの考えをにじませているのだ。

 このようなロシア側の言動に対し、日本の外交当局者からは「日米同盟にくさびを打つ狙いだ」「西側諸国の結束を崩す試みだ」と警戒する反応が多い。つまりロシアが本心から対日関係の改善を望んでおらず、米国の陣営を揺さぶる意図に基づき、平和条約交渉に臨んでいるのではないかとの分析だ。ここに日露が相手国に抱く認識のギャップが垣間見えてくる。

日本は「東アジアのドイツ」か?

 それでもロシア国内で日本への期待を示す専門家の代表格の一人は外交問題の大御所といわれるカーネギー平和財団モスクワセンターのトレーニン氏だ。ロシアの前身だったソ連は第二次大戦でナチス・ドイツと過酷な戦いを強いられて、国内では2700万人ともいわれる犠牲者を出した。しかし大戦後のドイツとは和解を果たし、ウクライナ危機後の今でもロシアと向き合う数少ない国として残されている。トレーニン氏はこのような点を踏まえ、「ロシアにとって日本は『東アジアにおけるドイツ』になれるかもしれない」と説いている。

カーネギー平和財団モスクワセンターのドミトリー・トレーニン所長=モスクワで2019年2月14日、大前仁撮影

 「皮肉なことに、ソ連は第二次大戦でドイツと日本の双方と戦った。ただし現在のロシアはドイツや日本を軍事的な脅威とみなしていない。我々はドイツと和解する歴史を目の当たりにしてきたから、同じように、日本とも和解できるように願っている。そうなれば我々のアジア外交で(日本という)新たな支柱を立てられる」。トレーニン氏はこのように語り、日本がロシア極東地域の経済開発に寄与することへの期待を示す。

 トレーニン氏は、日本の経済力が戦略面でもロシアを補てんする役割を果たせるはずだと唱える。「資金力や潜在的な投資能力を考えると、(まだまだ)日本はアジアにおける大国である。ロシアは国際社会で独立したプレーヤーであり続けたいが、米国や中国のような経済力や技術力を持っていない。ロシアがこれらの国々に服従しないためには、(日本のような)他の国々に接近していくことにより、(米国や中国と)適切なバランスを保たなければならない」。そのためには日本だけでなく、インドや東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係も重視していくべきだと主張する。

 一方でロシアが日本との経済関係の拡大を求めると、日本国内では「ロシアにかすめ取られるのではないか」と疑いの目を向ける節がある。例えばプーチン氏が1月の首脳会談の後で「数年後の貿易額を少なくとも1・5倍まで増やす目標を掲げられるかもしれない」と語ったときにも、日本国内では否定的な反応が多かった。この点でも日露間の認識のギャップは小さくない。

対中けん制には同調せず

 ロシアは欧米との関係を著しく悪化させているが、冷戦後の外交の基本方針は各地域で突出した大国を出さないようにバランスを保つことである。そのため東アジアでも日本に期待しているのは、中国との均衡を維持していく程度の役割であり、この点ではトレーニン、スシェンツォフ両氏の議論でも類似点が見られる。「ロシアは中国を封じ込める政策は考えていない」(トレーニン氏)、「ロシアは東アジアで中国と日本が敵視しないような包括的なシステムを作りたいとも考えている」(スシェンツォフ氏)という具合だ。

 一方で日本の政治家や専門家が対露関係の重要性を説くときには、しばしば中国へ対抗する共同戦線を張りたいとの意向を漏らす傾向がある。自民党総裁外交特別補佐である河井克行氏が1月にワシントンで講演した際にも「中国の脅威に日露が共同対処していくことも念頭にある」と述べ、米国の理解を求めた。ところがロシア側から「ひどい発言だ」(ラブロフ氏)と猛反発を食らうなど、ここでも日露の認識のギャップが埋められていない。

認識ギャップは大きく

北方領土返還に反対する集会では「クリミアは我々のもの。クリル(北方領土)は我々のもの」(右上)と書かれたプラカードも掲げられていた=モスクワで1月20日、大前仁撮影

 日露の平和条約交渉が本格化したことに伴い、ロシア国内では領土の引き渡しに反対する意見が噴出している。その中でも、今回紹介したトレーニン、スシェンツォフ両氏のように、一定条件をつけながらも、対日関係に価値を見いだす意見も目につき始めた。これらの論調がロシア政府の方針とリンクしてくる点も少なくないことからも、今後も注意深く追っていく必要がありそうだ。

 一方で彼らの論調を見ていくと、多くの課題で日本側との認識の違いが大きいことも浮き彫りになっている。なぜ日露の平和条約交渉がスムーズに進まないのかといえば、ロシアがかたくなな立場をとり続けているからだけではない。米国に対する姿勢、2国間の経済関係、中国と接していく立場などで、日露の認識や立場の隔たりが大きく、すぐには埋められないことも影響しているのだろう。

 「発車した列車(=平和条約交渉)が目的地までたどり着くのか定かではない」。トレーニン氏は1月の日露首脳会談の翌日にツイートした。日露の外交当局が多くの難題を解決し、合意に達したとしても、次の段階としてお互いの国民の理解を得るために平和条約の重要性を訴えていかなければならない、とも記した。たどり着く目的地は定かではない。されども平和条約交渉という名の列車が動き出したのは確かである。【大前仁】

大前仁

モスクワ支局記者 1969年生まれ。1996年から6年半、日経アメリカ社でワシントン支局に勤務。毎日新聞社では2008年から13年まで1回目のモスクワ支局に勤務。

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