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米国と革命40年のイラン 新たな発想で歩み寄りを

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 1979年のイラン革命の衝撃は想像を絶するものがあった。

 中東きっての親米国家が、革命を率いるホメイニ師の下で米国を「大悪魔」、ソ連を「悪魔」と呼ぶ国にひょう変したのである。

 東西冷戦のただ中で「西(米)でも東(ソ連)でもない」とイスラム至上主義を宣言したイランは、イスラム教徒の「覚醒」と「革命輸出」を目指した。イスラム教の聖地を擁するサウジアラビアに対しても「コーランのどこに王が国を治めよと書いてあるのか」と非難を強めた。

 サウジやクウェートなど王制・首長制のアラブ産油国は震え上がり、後ろ盾のイラクは80年、イランに先制攻撃をかけて8年に及ぶイラン・イラク戦争が始まる。

 他方、ソ連はイラン革命の波及を恐れて79年暮れ、アフガニスタンに侵攻した。イラン革命が長期にわたる激動を引き起こしたのである。

 だが、米イラン関係を決定的に悪化させたのは、ホメイニ師の支持者らが革命時、在イランの米大使館を占拠し米外交官らを444日にわたって拘束したことだった。

 以来、米国の政権には「イラン憎し」のDNAがある。今のトランプ政権が典型だろう。オバマ前政権時に結ばれた核合意を破棄してイランとの対立へとかじを切った。多国間合意を軽んじる危険な選択だった。

 中東政策の混乱も指摘できる。2003年のイラク戦争で米国がイラクのフセイン体制を倒した結果、新生イラクでは反フセイン派(親イラン派)が権力を握った。皮肉にも米国が宿敵イランを利したのだ。

 半面、イランが「脱・ホメイニ思想」に向けて容易に動けず自縄自縛の状態にあるのも確かだ。イランの宗派であるイスラム教シーア派のイマーム(指導者)は「隠れ」の状態にあり、ホメイニ師はイマームの再臨まではイスラム法学者が政教一致の政治を行うべきだと説いた。

 だが、21世紀の世界では時代錯誤とも映る政治体制だろう。イランは形骸化した反米のレトリックを修正し、米国もイランを現実的に再評価する必要がある。かつてイランのハタミ政権と米クリントン政権の間で「文明間の対話」の機運が高まったことも参考になろう。新たな発想で関係改善を考えるときだ。

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