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米東・指導者紹介 第2部/9 紙本庸由監督 /鳥取

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 <第91回選抜高校野球大会 センバツ>

選手の「考える力」養う 紙本庸由監督(37)

ブルペンで米子東の森下祐樹投手(左)を指導する紙本庸由監督=鳥取県米子市勝田町の同校で、園部仁史撮影 拡大
ブルペンで米子東の森下祐樹投手(左)を指導する紙本庸由監督=鳥取県米子市勝田町の同校で、園部仁史撮影

 「さあ一本いこうか!」。米子東の紙本庸由(のぶゆき)監督がバットを振り上げると内野ノックが始まった。ボールさばきがもたつく選手には「なんでダメだったと思う?」と問い、自分で答えを考えさせる。「自分たちが成長できるよう、気持ちが伝わる指導をしてくれる」と教え子からの信頼は厚い。

 幼少時から「米東野球」は身近な存在だった。当時の自宅が同校から徒歩3分ほどしか離れていなかったためだ。1980年代は甲子園に3度出場した強豪校として山陰のみならず全国に名がとどろき、白地に若草色の校名をあしらったユニホームがまぶしく見えた。中学で早くも「将来は“米東”の監督になる」と夢を抱いた。

 米子東では主将を務め、春の県大会優勝(99年)などと好成績を収めるも全国大会への出場はかなわなかった。鳥取大を卒業後、保健体育科教員として母校へ。2004~07年、13年4~7月にコーチを経て同年8月から本格的に指揮を執る。

 「文武両道」ではなく「文武不岐(ふき)」を信条とする。学業と部活それぞれを両立させるのではなく、学業と部活はつながっていて相乗効果が生まれると信じている。選手に考える機会を常につくるのも「自ら考える力」を養ってもらいたいためだ。

 チームは08年から6年連続で夏の鳥取大会を初戦敗退しており「正直大変苦しい時期に就いたなと思った」と振り返る。それでも創部100年超を誇る伝統校。重責はあるが「上手でない子が上手(うま)くなったときが一番うれしい」と笑みがこぼれる。

 部内一の米東ファンを自認。ユニホームのモチーフになった「若鮎(あゆ)」にちなみ「鮎」の文字を入れた名前を長女(6)に付けようと思ったこともあったほどだ。【園部仁史】

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