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京都観察いま・むかし

八木先生の覚え書き/62 「鬼」から差別を考える 大江山の酒呑童子 /京都

 この国独特の差別問題である部落問題について、筆者は長く社会調査を続けて現状を分析し、それに基づいて今後の課題を提示するという作業を続けてきました。むろん、歴史家ではないとはいえ、この問題の由来や歴史的経過に無関心だったわけではありません。

     部落問題の発生については、古来、異民族起源説、宗教起源説、職業起源説などが提出され、しかし、それらは次々に全面否定されました。戦後になって、近世政治起源説(徳川幕藩権力が政治的・人為的に身分差別制度を設定した)が定説化するかに思われましたが、この理論も遅くとも前世紀末にはほぼ完全に崩壊しました。結局、部落問題の起源を「分からない」とするか、「みんなで作った」とするのが、現状では正解であるように思われます。

     「みんなで作った」とは、いかにも抽象的・曖昧で、かつ無責任な言説ですが、筆者流に言い換えれば、地縁・血縁をベースにした共同体における人間関係の中で、いわば集合的無意識ないし共同幻想が作動して部落問題を構築し変動させたのではないかという発想です。集合的無意識とは、集合的に心理に影響を与える無意識(無意識とはいえ、それはしばしば神話・伝説・お伽話(とぎばなし)などに現れる)のことで、筆者はこれに注目して『<排除と包摂>の社会学的研究』(批評社、2000年3月)を出版したこともあります。

     ところで、部落差別、性差別、障害者差別などに通底する共通観念に「ケガレ」があります。これもまた、集合的無意識(共同幻想)の一種であると考えられます。「ケガレ」の説明はさまざまな分野で行われていますが、筆者は文化人類学者M・ダグラスの思索(塚本利明訳『汚穢(けがれ)と禁忌』思潮社)から影響を受け、その思考方法を支持しています。彼女は一方で、秩序に混沌(こんとん)を持ち込むもの、あるいは持ち込まれた混沌を「ケガレ」と見なし、他方では、分類が曖昧で中間的・境界的・周縁的なもの(たとえば糞尿や月経血などは「体内」でもあれば「体外」でもある)を「ケガレ」と認識しています。つまり、曖昧で意味が明瞭ではなく、既存の日常的な体制秩序に脅威を与えるもの(こと)が「ケガレ」であるわけです。

     前掲拙著を執筆中の筆者の頭のなかに浮かんでは消え、消えては浮かんでいたものの、結局は言及しないままになったテーマとして、「鬼(おに)」の問題がありました。むろん、この国の被差別者を「鬼」ないし「鬼の子孫」だと言いたいのではありません。そうではなく、「鬼」が集合的無意識ないし共同幻想としてこの国の人々によって構築されたプロセスと、かつての被差別者が作り出された(今後も作り出されるかもしれない)プロセスとの間に何らかの共通性があるのではないかという仮説的な問題意識です。

     「鬼」は「隠(おん)」の転訛(てんか)で、元々は隠れて見えないものを意味するようです。『岩波仏教辞典』には、「常民社会とは異なる世界にあって普段は目に見えないものの意。折に触れて常民社会に去来し、その生活に多大の影響(特に種々の災禍)を及ぼすと考えられた結果、畏怖(いふ)すべきものとされたのであろう」と見えます(93ページ)。また、文化人類学・民俗学の小松和彦さん(国際日本文化研究センター所長)もその近著『鬼と日本人』(角川ソフィア文庫)で、「<怖ろしいもの>を意味する<鬼>という語を手に入れた日本人は、自分たちとは<異なる>人々、たとえば海をわたって侵入して来る異民族の海賊や漂着者、山に棲(す)む先住の集団、自分たちの支配に従わない周辺の人々にも<鬼>というラベルを貼った」と論を展開しています(8ページ)。

     さて、「鬼」といえば、京都はもちろん、全国的にも知られているのが大江山の鬼、特に酒呑(しゅてん)童子(どうじ)です。普段は王府(都)の西北に位置する大江山に生息しているが、しばしば都に出てきては人々を誘拐・略奪するというので、勅命を受けた源頼光(みなもとのよりみつ)らが酒呑童子を退治するというのが一般に知られた説話です。筆者も大江連山の山麓(さんろく)まで行き、日本の鬼の交流博物館(福知山市大江町)なども見学しましたが、今ならクルマで京都縦貫道の沓掛IC-舞鶴大江ICを走れば、京都市中心部から1時間半前後で到達できますが、当時は王府を「中心」とすれば、大江山以遠は王府の「外部」であり、大江山はまさにウチとソトの境界部分に位置した辺境の地だったと推察されます。また、「鬼」の姿形は全体としては人間ですが、頭に角、口には牙がそれぞれ生え、肌色は赤・青・黒の原色、虎皮の褌(ふんどし)を締めるなど、非常に異形であって、人間と非人間の境界的存在として造形されています。

     小松さんによれば、「鬼」は人間の否定像として造形されたものであり、逆に言えば、人間とは何かを規定するために「鬼」は不可欠な存在だったということです(前掲書、168ページ)。要するに、反社会的・反道徳的存在として「境界領域の鬼」を創造し、その「鬼」を差別・抑圧・排除することによって「外部」が「内部」に侵入することを防御し、「内部」秩序の安穏を実現するという仕組みです。したがって、「内部」にとって「鬼」という境界存在や「外部」は、「内部」の保全のために消費すべき必要不可欠な資源であったということになりましょう。

     今日の部落差別の原型が「鬼」の造形と同じ経路をたどって構築されたと断言することは、もちろん、できません。が、共同体「内部」の人々が、「内部」の秩序の安寧のために、集合的無意識ないし共同幻想のもとに、「鬼」を造形したのと同じように、みんなで何らかの「外部」または「境界」を作り上げ、それを差別・排外的に消費したのではないかという仮説は十分に成り立つのではないかと筆者は想定するものです。問われるべきは、「鬼」や「外部」ないし「境界」ではなく、それらの排除によって成り立つ「内部」そのものと、その中における人間関係の病理的な構成原理なのだと思います。(八木晃介花園大学名誉教授・元毎日新聞記者=社会学)=次回は3月9日

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