平成の記憶

時代の伝言 平成の地球環境 市民、NGOが主役に 環境NGO「気候ネットワーク」理事長・浅岡美恵さん(71)

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=川平愛撮影
=川平愛撮影

 平成4(1992)年にブラジルで開催された地球サミットに参加して衝撃を受けた。それまで、水俣病の国家賠償訴訟など国内の公害問題に弁護士として取り組んでいたが、被害者は賠償金をもらっても失われた人生を取り戻せない。被害を出さない事前の対策が大切だと感じていた。

 水俣病を広く訴えようと参加したサミットだったが、世界は地域の課題だけでなく、気候変動など人類の生存を脅かす地球規模の環境問題に対して被害が広がる前に防ごうと動いていた。さらに、市民や非政府組織(NGO)が積極的に国際政治を動かそうとしていた。「私たちにもできるはず」。京都で開催されたCOP3(国連気候変動枠組み条約第3回締約国会議)を機に活動を始め、市民の立場で国際会議にも参加し、政策提言や社会への情報発信に取り組んできた。

 気候変動に関する平成の30年間は、世界が化石燃料に頼らない脱炭素の経済に移行する「助走の時代」だったと言える。科学者たちは90年代から地球温暖化が引き起こす影響の深刻さを指摘してきたが、各国の政治に翻弄(ほんろう)され、根本的な国際合意はなかなか実現しなかった。だが、パリ協定の採択により、世界全体で数十年内に化石燃料から脱却するというゴールを共有した。

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