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平成ネット政治史

平成と共に発達したインターネットという技術が暮らしや社会を大きく変えたのは、誰もが認めるところだろう。ネットの登場と浸透によって、平成の「政治」がいかに変化したのかを描く。

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平成ネット政治史

/10 保守系ネット放送局登場 右派言論、影響力は=逢坂巌

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サッカー・ワールドカップ日韓大会では、友好ムードが生まれたが…。3位決定戦の韓国・トルコ戦で、韓国サポーターにまざり「韓日友好」をアピールする日本人サポーター=大邱総合競技場で2002年6月29日、川田雅浩撮影
サッカー・ワールドカップ日韓大会では、友好ムードが生まれたが…。3位決定戦の韓国・トルコ戦で、韓国サポーターにまざり「韓日友好」をアピールする日本人サポーター=大邱総合競技場で2002年6月29日、川田雅浩撮影

 3年余り続いた民主党政権からの政権奪回を目指していた自民党の安倍晋三総裁は2012年11月24日、東京・日比谷野外音楽堂で開かれた集会に登壇した。

 保守系の「頑張れ日本!全国行動委員会」が主催したもので、集会の模様はインターネット放送局「チャンネル桜」で中継されていた。

 「いま、時代は変わりました。チャンネル桜もできたし、インターネットがあります。インターネットで皆さん、一緒に世論を変えていこうではありませんか」。そう訴えた安倍氏は翌月の衆院選で勝利し、再び首相の座に就いた。

 主催団体の幹事長で、CS放送を経て、08年から「YouTube(ユーチューブ)」で配信を始めたネット放送局の代表取締役を務める水島聡氏(69)は「インターネットが編集をせずに丸ごと伝えるのは、本来の報道の役割をやってくれると考えたのでしょう。インターネットが彼を盛り上げたことは確かです」と振り返る。ただ、現在は外国人の就労などの政策をめぐり、安倍首相とは距離があるという。

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