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幸福度ナンバーワンの国、フィンランドから学ぶ多様な言語文化を尊重することの重要性 文化社会学部北欧学科 教授
吉田 欣吾

2019年3月1日掲出

 最新の国連の「世界幸福度ランキング」で上位を占めた北欧諸国。なかでも、幸福度第1位だったフィンランドは、先住民族であるサーミ人の言語権を保障するなど、言語や文化の多様性を重んじる国として知られている。こうしたフィンランドの姿勢はどのような背景の下で生まれてきたのか、フィンランド語やサーミ語をはじめとする北欧の言語文化のエキスパートである吉田欣吾教授に聞いた。【聞き手・中根正義】

 

──フィンランド語、そしてフィンランドの先住民族であるサーミ人の言語であるサーミ語について研究されるようになったきっかけを教えてください。

 ヨーロッパの言語は大多数がインド・ヨーロッパ語族の言語なのですが、その中でフィンランド語、ハンガリー語、エストニア語などはウラル語族というまったく別のグループに属しています。そのフィンランド語の特徴に興味をひかれ勉強を始めたのがきっかけです。

 フィンランド語を勉強するなかで、フィンランド語とは親戚の言語であるサーミ語の存在を知り、フィンランド語以上に興味をそそられました。そして1989年にフィンランドに留学し、言語そのものだけでなく、サーミ語に対する権利保障という問題に出会い、フィンランドという社会のもつ重要な特徴を知るためには言語政策や少数派に対する政策を学ぶことが不可欠だと気づき、この方面の研究に進んだのです。

 

──フィンランドなど北欧諸国が、言語も含めて先住民族など少数派の人権を尊重するようになったのは、どういう理由があったのでしょうか。

 実は、北欧諸国もかつてはかなり厳しい抑圧や同化政策を取っていました。サーミ人はノルウェー、スウェーデン、フィンランドに居住していますが、たとえばノルウェーではサーミ人の子どもたちを全寮制の学校に入れて“ノルウェー人”にしようとしたのです。その後、とくに第二次世界大戦の前後から、ヨーロッパ全体で少数派に対する人権意識が高まってくるようになりました。とくに北欧では人権意識が高まるのが比較的早かったと言えます。

 第二次世界大戦の時にデンマークとノルウェーはナチスドイツに占領され、フィンランドはソ連に戦争を仕掛けられました。それぞれの国の中では多数派であるはずのノルウェー人やフィンランド人が、他国に侵略されるなどし抑圧される立場に陥ったことで、自国の少数派であるサーミ人に対する自分たちの姿勢を反省するようになったと指摘する研究者もいます。

 そして、最も大きな要因は、1960年代頃からエスニックリバイバル、いわば民族の再覚醒というべき現象が世界中で起こる中、サーミ人たちの民族意識の高まりがあり、彼ら自身が権利要求の運動を始めたことです。このような形で、1950~60年代ごろから、徐々に少数派に対する多数派の態度が変わり始めていったということが言えるのではないでしょうか。

 

──戦後は東西冷戦のいわば最前線にあったわけで、人権問題も意識せざるを得ない状況にあったということですね。

 国際関係の分野では「フィンランド化」という専門用語があります。フィンランドはずっと西側諸国に属しているのですが、一方でソ連に対して大きな脅威を感じていたので、外交政策はソ連が最優先だった。そうしたことをドイツなどの政治家は「フィンランドは独立国家なのにソ連の言うことばかり聞いている」という否定的な意味で「フィンランド化」という言葉を使って表現しました。しかし、それだからこそ独立が守られたし、場合によっては日本以上に政治的にも経済的にも文化的にも発展できたと言えます。それほどフィンランドの外交手腕は素晴らしかった、という評価ができるかもしれませんし、その中で人権擁護の先進国へと発展しました。

 ここで北欧協力についてお話ししておきたいと思います。これは世界的にもめずらしいもので、今でこそASEANなどいろいろな国際協力のシステムが見られますが、北欧諸国はすでに1950年代からパスポートなしで国境を越えて移動できるようにするなど積極的な協力作業を積み重ねています。サーミ人に対する人権保障に関しても、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーは歩調を合わせなければならないという考え方もあり、今も北欧レベルで「サーミ人条約」というものをつくろうとしているのです。

 1980年代に、フィンランドでは学校でサーミ語が勉強できるようになりました。1990年代初頭には、「サーミ語法」という法律がノルウェーとフィンランドで成立し、サーミ人はサーミ語を使う権利があると明確に法律に定められたのです。それと前後して、ノルウェーとフィンランドで「サーミ議会」というサーミ人自身の代表機関がつくられました。その後、「文化的自治」、すなわち教育や言語、文化の面においてサーミ人は自分たちで物事を決められるという法整備が徐々に進められたのですが、それを担うのがサーミ議会です。

 

──ヨーロッパでは「地域言語」「少数派言語」の権利擁護が1992年以降の欧州憲章などにより確立されています。ヨーロッパの文化として、それぞれの言語を大切にする意識は、歴史の中で常に保たれていたものなのでしょうか。

 第二次世界大戦の前と後ではかなり違うと思います。おそらくかつては言語に対する関心は高くなかったと思われます。それが17、18世紀ごろにナショナリズム、すなわち一つの言語にもとづく一つの民族が一つの国家を形成するのが理想だという考え方が台頭して、そこから同化政策や抑圧が行われてきました。それに対して、第二次大戦後になると、多様性を否定することが紛争につながるという考え方が強まり、少数派の人権を尊重すべきだという意見がヨーロッパのなかでは強くなってきたのだろうと思います。欧州統合のなかで使われる「多様性のなかの統合」という言葉がありますが、それこそが象徴的な言葉だと思います。多様性こそがヨーロッパの財産だという考え方に立っていると言えるでしょう。

 また、とくに1980年代頃から国際的に「人権としての言語権」という考え方が強く主張されるようになりました。言語に関わる権利は、ヨーロッパではかなり昔からあったと思われますが、そのなかでも人権として扱わなければならない言葉に対する権利があるのだという考えがヨーロッパを中心に支持を得るようになっていきます。これもサーミ人にとっては大きな力になったと思います。

 

──そのよう人権意識の高まりが北欧ではとくに強いということですね。

 フィンランドでは3つのサーミ語が話されており、一番小さなサーミ語だと400人くらいしか話し手がいません。しかし、フィンランド北部の空港に行くと、その400人くらいしか話し手のいないサーミ語での表示がなされています。一方で、北欧諸国は外国人受け入れに非常に寛容であったのですが、ここ5年くらいの間に移民や外国人に最も厳しい地域になったとも言われています。その意味では、少数派や人権に関する北欧のイメージも大きく変わりつつあるのかもしれません。

 

──先住民族との共生、自然との共生などは、日本にいる私たちも学ぶべきところも多いと思います。今年は日本とフィンランドの外交関係樹立から100周年という節目の年でもあり、フィンランドの文化に触れる機会も多くなると思いますが、フィンランドや北欧の諸政策、文化などを私たちはどのように知り、学ぶべきでしょうか。

 フィンランドは1917年に独立し、その2年後の1919年に日本との外交関係を樹立しています。そして同じ1919年には法律で、フィンランドの国語がフィンランド語とスウェーデン語であることを正式に決定しました。当時でもスウェーデン語を話す人々は国民の10数パーセントしかおらず、今では6%もいないほどなのですが、それでもスウェーデン語をフィンランド語と同等の国語として扱うと決めた。ここがサーミ語など少数派言語の尊重へと発展していくフィンランドの言語的平等がスタートした年、そして多様性を擁護しようとする社会としてのフィンランドの出発点だと思っています。

 国連の幸福度レポートでは、いつも北欧が上位にランクされ、前回もフィンランドがトップでした。ただ、日本では報道されませんが、前回の調査時には、それぞれの国内に住む外国人の幸福度も調べられました。その結果、外国人の幸福度もフィンランドが一番高かったそうです。全般に、幸福度の高い国は外国人や移民の幸福度も高いようです。移民政策が厳しくなっているなかでもこうした結果が出ているのは、やはり多様性を尊重し、外国人も尊重してもらえていると感じているからこそでしょう。このあたりのことは、日本もしっかり学んでいくべきだと思います。

 北欧と日本は現在では表面的にはほとんど違いがありません。北欧に行ってもカルチャーショックはないでしょう。しかし、実際にそこで生活すると、根本的には日本とは対極にある国だと気づかされます。とくに大きな違いは、若い人や子どもにとって選択肢が多いことだと思います。そして、北欧では同性婚も当たり前になっていますし、女性の社会進出度も非常に高い一方で、出生率も上がっています。新聞記事などを読むだけではわからない北欧と日本の違いの中身を知る必要があるでしょうね。そうすれば、我々が「常識」だと思っていることが決して「常識」などではないことに気づくことができますし、それが社会を変えていく力にもなるのだろうと思います。とくに若い人たちには「常識」にとらわれない姿勢を身に着けることを期待しています。

文化社会学部北欧学科 教授 吉田 欣吾 (よしだ きんご)

主な著書に『「言の葉」のフィンランド―言語地域研究序論』(東海大学出版会、2008年)、『フィンランド語文法ハンドブック』(白水社、2010年)、『フィンランド語トレーニングブック』(白水社、2013年)、『新版フィンランド語のしくみ』(白水社、2014年)、『サーミ語の基礎』(大学書林、1996年)、『サーミ人についての話』(翻訳、東海大学出版会、2002年)、『日本語フィンランド語辞典』(共編、日本フィンランド協会、2017年)。フィンランドの言語政策を扱った最近の論文に「フィンランドにおける先住民族サーミ人に対する言語権保障 : 言語に対する権利から言語環境に対する権利へ」『東海大学紀要 文学部』106輯(2016年)、「フィンランドにおける言語的少数派に対する権利保障 : 2000年代以降の動きを中心に」『東海大学紀要 文学部』105輯(2016年)、「言語的多様性を擁護する視点」『東海大学紀要 文学部』100輯(2013年)。