連載

若松孝二とその時代

2012年10月17日に若松孝二監督が突然の事故で逝ってから5年半余りがたった。「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」「キャタピラー」「水のないプール」「天使の恍惚(こうこつ)」「赤軍-PFLP・世界戦争宣言」「犯された白衣」など、日本映画史に残る傑作、問題作を数多く残した鬼才の死を惜しむ声は今も少なくない。「映画を武器に世界と闘う」「日本映画界をブチ壊す」--。半世紀にわたって、体制への怒りと反抗心をむき出しにした若松監督がこの国にもの申し、時代を撃ち続けた力の源泉とは何だったのか。ゆかりの深かった関係者へのインタビューなどから、にんげん・若松孝二の原点と魅力に迫る。

連載一覧

若松孝二とその時代

(19)高間賢治さんインタビュー 「恵のことを伝えてもらって感謝」

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
「性輪廻(りんね)死にたい女」(1971年)撮影中のスタッフ集合写真。右上が撮影助手の高間賢治さん、その前に助監督の吉積恵さん、その左脇のサングラス姿が若松孝二監督=若松プロ提供
「性輪廻(りんね)死にたい女」(1971年)撮影中のスタッフ集合写真。右上が撮影助手の高間賢治さん、その前に助監督の吉積恵さん、その左脇のサングラス姿が若松孝二監督=若松プロ提供

 若松プロの新作映画「止められるか、俺たちを(止め俺)」(白石和彌監督)は公開から間もなく5カ月を迎えるが、現在も全国各地で上映が続いている。「若松孝二とその時代」第19回は、「止め俺」で撮影助手として登場し、悲しい結末を迎える助監督の主人公・吉積恵さん本人と「深い関係」になった高間賢治さんのインタビューをお届けする。

 高間さんは大学生の時に若松プロに出入りし、若松作品の助手として約10本の作品に関わった。傑作、話題作が目白押しだった当時の若松プロを「奇人、変人が集まっていた」と振り返るが、その後の撮影監督人生の礎となったという。「止め俺」の上映では、「恵のことを多くの人に知ってもらい心から感謝している。少しでも供養になってくれれば」と語り、長く胸の内にとどめていた気持ちを明かした。恵さんが逝ってから47年。若…

この記事は有料記事です。

残り4702文字(全文5062文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

注目の特集