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日本最古・弥生後期の坑道跡を確認 徳島・若杉山遺跡 従来より500年古く

若杉山遺跡の坑道跡の内部=徳島県阿南市提供
若杉山遺跡

 赤色の顔料となる鉱物「辰砂(しんしゃ)」が古代から採取されていた若杉山遺跡(徳島県阿南市水井町)の坑道跡が、土器片の年代から弥生時代後期(1~3世紀)の遺構と確認された。阿南市と徳島県教委が1日、発表した。国内最古の坑道は従来、奈良時代前半(8世紀)の長登(ながのぼり)銅山跡(山口県)とされていたが、500年以上さかのぼる。

     市などによると、若杉山遺跡ではこれまで辰砂の精製に使う石器などが発見され、弥生時代後期~古墳時代初頭に採掘が行われたことが分かっていた。ただ、弥生時代には地表から掘るだけで、硬い岩盤を掘り進めるなど高い技術が必要な坑道はなかったと考えられていた。

     2017年に山腹で坑道跡とみられる横穴(高さ0.7~1.2メートル、幅3メートル、奥行き12.7メートル)が見つかり、市は今年度、時代の特定に向けた発掘調査を実施。入り口から約3メートル進んだ地点で十数点の土器片が見つかり、うち5点について様式から弥生時代後期ごろのものと判断した。

    若杉山遺跡の坑道跡から出土した弥生時代後期の土器片=徳島県阿南市富岡町の阿南市役所で2019年2月27日午後4時43分、大坂和也撮影

     辰砂を精製した水銀朱は、死者を弔うため石室やひつぎを赤く彩る目的などに使われ、希少価値が高かった。中四国では弥生時代半ば以後に辰砂の需要が高まったと推測され、若杉山遺跡の辰砂も粉末状にして各地へ流通したとみられる。

     周辺で出土した土器には弥生時代に瀬戸内や近畿で作られたものも含まれ、広域で交易が行われていた可能性があるという。

     徳島文理大の大久保徹也教授(考古学)は「農耕の印象が強い弥生人が、鉱脈を見つける地質に関する知見やトンネル状の坑道を掘る高度な技術を持っていたことが裏付けられた」と話している。【大坂和也】

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