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消えない傷

今苦しんでいるあなたへ 友田明美さん「性的虐待で脳が萎縮する」

友田明美・福井大学子どものこころの発達研究センター教授=本人提供

友田明美・福井大学子どものこころの発達研究センター教授

 私はこれまで、性的虐待や厳格体罰、暴言虐待、面前ドメスティックバイオレンス(DV)を目撃すること(暴露)が、ヒトの脳に与える影響について研究を積み重ねてきました。特に、性的虐待を経験したことによる脳への影響について述べさせていただきたいと思います。

 私たちの研究は、性的虐待に遭った子どもは、目で見たものを認識する脳の“視覚野”の一部が萎縮する傾向があることを突き止めました。視覚野は、視覚をつかさどるところで、知能や言語能力にも影響を及ぼす大切な脳の領域です。

 また、視覚野以外にも、性的虐待の影響が顕著な脳の場所があり、その場所は、虐待を受けた年齢によって異なっていました。

3~5歳で海馬、9~10歳で脳梁(のうりょう)、14~15歳で前頭前野にダメージ

 記憶と情動にかかわる海馬は3~5歳の性的虐待で重大な影響を受けて萎縮し、左右の脳の情報をつなぐ脳梁が萎縮するのは、9~10歳の性的虐待による影響が大きいことも分かってきました。さらに、意思決定を行う前頭前野は14~15歳ごろの虐待による影響で萎縮している点が目立ち、虐待ストレスによってさまざまな脳部位の発達がさまざまな時期にダメージを受けるのです。

 一連の脳の変化は、過酷な状況の中でも何とか適応して生きてきた証しと考えられます。視覚や身体感覚などに関わる部分が過剰に活動しているのは、外界の刺激に対して敏感になっていることを示します。周囲の世界が「戦場」のように、いつ何が起きるか分からない状態だとしたら、こうした敏感さが必要になるのでしょう。深刻な性的虐待を体験した人では、恐怖をつかさどる扁桃(へんとう)体が過活動になることも分かっていますが、これも常に警戒して危険に備えておくためと考えられます。

 また、性的虐待を受けた人では、10代前半から性犯罪に関わるなどの逸脱行動が早くから始まる傾向があります。危険に満ちた世界を生き延びて、少しでも子孫を残せるように、という適応ではないでしょうか。

ストレスに弱い脳に 精神的な問題の原因

 虐待のストレスを受けると、そのダメージから回復するためのホルモン、抗炎症反応がある「コルチゾール」が分泌されます。しかし、あまりに多量のコルチゾールにさらされると、神経細胞が変形したり破壊されたりしてしまいます。

 分かりやすく言えば、ストレス体験が繰り返されることによって、ストレスに弱い脳になっていくのです。短期的に見れば生き延びるために不可欠な反応ですが、長期的にはさまざまな困難や不都合を引き起こします。性的被害の影響が、成人後もさまざまな精神科疾患という形で表れるのです。成人してからのアルコール・薬物依存や、うつ病、摂食障害、自傷、自殺企図など、精神的な問題の原因の少なくとも一部は、脳の発達段階でこういった負荷がかかることです。

 つまり、子ども時代の性的被害は心や脳に甚大な影響を与え、思春期・青年期・壮年期にまで及びます。幼少期は、養育者との安定した情緒的絆を築いていく時期ですが、この時期に愛着対象である養育者(例えば父親)から性的虐待を受けると、子どもは恐怖感や混乱、無力感を抱くことになります。

 そして、小学校入学後の学童期では、自尊心が低くなり、不登校や怠学などの行動上の問題として表れたり、親密で対等な対人関係を結ぶことが困難になったり、社会性の問題を抱えることが多くなります。そのまま適切なケアがなされず思春期・青年期になると、非行に走ったり、自己破壊行動に及んだりという悲劇的な末路をたどることにもなりかねません。

 性的虐待への暴露が脳に及ぼす数々の影響を見てみますと、人生の早期、幼い子どもがさらされた想像を超える恐怖と悲しみ、虐待体験は子どもの人格形成に深刻な影響を与えてしまうことが一般社会にも認知されてきました。

 子どもたちは癒やされることのない深い心の傷(トラウマ)を抱えたまま、さまざまな困難が待ち受けている人生に立ち向かわなければなりません。性的虐待は、たとえ死に至らなくても深刻な影響・後遺症を子どもに残し、過酷な人生を背負わせることになります。

 性的虐待を受けて育つということは、親からの性加害の恐怖におびえて育つということだけでなく、支配―被支配という関係性が成り立っている誤った家庭環境に子どもが順応し、不適切な接し方を身につけることだと言っても過言ではありません。

脳には回復力 早期に適切な支援を

 もちろん、脳には「可塑性(かそせい)」といって、回復力が備わっていることも明らかになっています。できるだけ早い時期に、適切な支援を受けることによって子どもの脳は回復することを忘れてはなりません。

 将来を担う子どもの健全な発達を守るためにも、性的虐待が子どもの脳と心に与える悪影響をより深く理解していただきたいと思います。一連のエビデンス(科学的根拠)について社会全体の理解が深まることで、大人が責任をもって子どもと接することができ、子どもたちの未来に光を当てる社会を築くことに少しでもつながればと願っています。

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