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東京へ ともに歩む

毎日新聞

車いすラグビー日本代表の倉橋香衣さん=東京都品川区で2018年11月28日、小川昌宏撮影

パラアスリート交差点

車いすラグビー・倉橋香衣「楽」 障害が重い選手の動きにも注目して

 小学1年生から高校まで体操を続け、文教大に入学後、トランポリンに転向しました。しかし、3年生だった2011年4月、試合前のウオーミングアップで着地に失敗して頭から落下してしまい、車いすでの生活となりました。

     大学に復学するため、13年10月に国立障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)に入所し、車いすラグビーに出合いました。男女混合で障害の程度が異なる4選手が出場し、ラグ車(競技用車いす)をぶつけ合う激しい競技ですが、初めから怖さはありませんでした。

     日常生活では、車いすが何かにぶつかることは危険です。でも競技中は注意されません。開放的で魅力的に映り、15年からクラブチームに所属し、本格的に競技を始めました。

     昨年8月の世界選手権では日本代表として優勝を経験し、自信を深めました。同時に、個人的な課題も明確になりました。試合中に迷いが生じ、動き出しが遅れることが多かったです。私が男子選手と同等の動きができれば、日本代表はもっと強くなれます。

     20年東京パラリンピックに向け、今のままではあかん。代表入りするためにも課題を克服し、役割を果たせるようになりたいです。もっとうまくならないと、東京パラリンピックで代表に選ばれないし、試合に出なければ勝つ経験もできません。世界選手権での経験は一層の努力をしようと誓うきっかけになりました。

     東京パラリンピックでは試合会場がどのような雰囲気になるのか、すごく楽しみです。日本の皆さんに間近で見てもらえる貴重な機会なので、とてもうれしいです。だからこそ日本代表の一員として戦い、金メダルを取りたい。

     車いすラグビーはぶつかって、こけて、金属音も会場内に響くので、観戦してもらえれば、その迫力や魅力を体感してもらえると思います。私のように障害が重く持ち点が低い「ローポインター」は、ボールを持つ機会が少ないです。味方の進路やパスコースを作ることや、相手チームの自分よりも持ち点の高い選手を止めて戦力を削るディフェンスが、主な役割となります。

     観戦する際には、比較的障害が軽くボールを運んで得点を狙う花形の「ハイポインター」だけでなく、コート全体を見渡し、私たちの動きにも注目してほしいです。障害の程度が異なる選手たちが、それぞれの持ち味を生かすために体を張って動き回っています。広い視野で見ていただけたら、競技の魅力をさらに感じてもらえると思います。

     コラムの題名に選んだ「楽(らく)」は、私の好きな言葉です。楽しいから頑張れるし、頑張っていれば、その先に楽しいことが待っていると思います。精神的に追い詰められそうな時に「気楽にいこう」と、気持ちを切り替えるための大切な言葉にもなります。リハビリを担当してくれた理学療法士の方が、退院する私に贈ってくれた言葉でもあります。

    倉橋香衣「楽」

     以前は教員になることが夢でした。でも、私は今を楽しんでいます。車いす生活になって良かったとは言えませんが、「当事者」になって初めて、さまざまな生き方やスポーツの新たな側面に目を向けることができました。健常者の頃は、車いすに興味も、関わることもありませんでした。でも今は、自分の世界がどんどん広がっています。

     何も知らずに生きていた頃よりも多くのことを学ぶことができ、これはこれで楽しい! そう思っています。大好きだったスポーツも続けることができていますしね。

     高校生まで続けた体操は演技をすることが怖くなり、練習をしなくなりました。すごく後悔しています。だからこそラグビーは、後悔しないように続けていこうと強く思っています。

    くらはし・かえ

     神戸市出身。小学1年から高校までは体操に取り組み、文教大でトランポリンに転向。大学3年だった2011年、トランポリンの練習中に頸髄(けいずい)を損傷し、鎖骨から下の多くの機能を失った。15年から本格的に車いすラグビーを始め、18年世界選手権で日本の初優勝に貢献。商船三井所属。28歳。